続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■準決勝戦!・4

――ちょ……今まで助けてくれておいて!ひどいですよ!ナイトメアぁー!!
しかし苦渋の声がする。
『分かってくれ、ナノ。私だって君が好きなんだ。この場をどうにかしても、
君は新しい爆弾で自分の顔や腕を吹っ飛ばしかねない。
誰がそんな君を見たいと思う。もう帽子屋に降参した方がいい。知恵は貸さない』
――ナイトメアー!!私のトラウマがバージョンアップしてもいいんですか!!
『私とグレイは君の味方だ。新しい悪夢は私がはらってあげるし、例え帽子屋に
そのまま捕まっても、グレイが必ず助けにいく。だから危険な真似は止めなさい』
――ナイトメアぁー!!
けど、脳内でいくら叫べど、夢魔の声はもう聞こえなかった。

――ああああ!
内なる味方がいなくなっただけで、どうしてこうも心細いものか。
真っ青になる私に、
「降参しなさい、ナノ」
ブラッドがチェックメイトを宣言するかのように言う。
「う、うう……」
「多少は遊んであげたが、終わりにしよう。
例えこの後、変な爆発物を出したとしても、化学兵器には中和剤を使えば事足りる。
爆薬なら……より強い威力でもって相殺するのみ」
私のご主人様の声は、冷酷にして冷徹だった。
「もちろんお望みなら、つたない知識の一端を、喜んでご披露しよう。
3−キヌクリジニルベンジラート、亜硫酸ガス、マスタードガス、サリン、ホスゲン、
ジフェニール砒化塩素、VGガス、塩化アセトフェノン……次はどれがいい?」
何かすごく怖い単語も混じってた気もするけど……。
でもブラッドはそれだけ本気だ。
私の火遊びを止めさせるためにやりかねない。
それで仮に私の心臓が止まっても、ここは夢の中。表の世界で私は普通に起きる。
でも、そうは分かっていても、怖い。

「君は私には勝てない。君は私の飼い物だ。主には決して逆らえない」
ブラッドにされたことのトラウマが蘇る。
足ががくがく震え、顔が真っ青になって、息が荒くなる。
降参するしかないんでしょうか。もう、これ以上は戦えない……。
ブラッドも私が精神的に負けかけてると気づいたのだろう。ニヤリと笑う。
「ナノ。三つ数える前に、ここでひざまずいて降参しなさい」
うわ、こっちがくじけかけてるって知って!最低!!
「決勝の前に、君をじっくり、たっぷりと可愛がってあげよう。
もちろん……夢の中の戦いが終わっても、私から逃げられると思わないことだ」
ううう。悔しいけど、この男の最低さに対抗する手段を思いつかない。
ブラッドはもはや勝利を確信している。それはそうだろう。
手の中には私を一瞬で無力化する武器。
それを少年漫画的な土壇場の知恵でどうにかしても、彼の明晰な頭脳は次から次に
新しい化学兵器や爆薬を生み出す。もちろん私も今さら銃で戦うなんて無理。
私は自分の中の無い知識で、この場をどうにかする化学兵器なり爆薬なりを考える。
ダメだ……緊張もあって、もう新しい爆弾が考えられない!
いかなる武器も化学兵器も爆弾も浮かばない。
――何を、どうすればこの恐ろしいご主人様に勝てるのですか!!

「三、二……」
……本当に降参しちゃおうかな。もう八方ふさがりな気もするし。
ひざまずくのが屈辱だけど、嘔吐剤だかを使われ、吐きまくるよりはいい。
もう、他には何もアイデアが……。


……あ。ヤバ。アレを忘れてました。


私は一瞬で手の中に『あるもの』を出し、ブラッドに投げた。
「無駄な抵抗を……」
ブラッドも最後の反撃に気づいたか、忌々しそうに嘔吐剤を私に投げようとして――
「な……っ!!」
その目が驚愕に見開かれる。
そして彼の動きがスローモーションのように、神を見た敬虔な信者のような手で。
私の投げたものを、忘我のまなざしでつかもうとして……

「滅びよ、悪の根源っ!!」

叫ぶ私は、一瞬でブラッドのもとに走っている。
「――っ!!」
そしてブラッドの頭部を、最大級の重さのヤカン(中身入り)で殴る!!
「ぐ……っ!!」
ブラッドの帽子が取れた。
そして私はむき出しの頭部に、再度ヤカンで、渾身の一撃をたたき込んだ!!

「ナノ……」

意識を失う直前まで、自分の敗北が信じられなかったらしい。
ブラッドは驚愕の表情のまま、地面に倒れ伏した。
そして完全に気絶してしまった。

一瞬の沈黙。

そして、会場を揺るがす、これまでで最大級の大々!大歓声!!

でも、もはや勝利の喜びなど存在しない。
痛いほどの声援を耳に、私は倒れたブラッドを見下ろす。
彼はそれでもしっかりとその『袋』を握りしめていた。

完全無欠のボスの気を一瞬だけでもそらしたもの。
それは『銃とそよかぜ』店長さんのクオリティシーズン厳選ブレンド。
グレードはファイン・ティピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジペコー。

ダージリンのセカンドフラッシュである。

17/20
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -