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■テントの夜2

暗い森の中、二人して木の根元に座っていた。
焚き火も何もなく、本当に真っ暗闇の中に座っている。
「まいったな。私の時計もおまえも無事だったが、財布を置いてきた」
ユリウスは頭を抱える。
襲撃者があの双子では戻ってくる可能性はまずない。
「でもあの子たちが言ってた『臨時ボーナス』って、どういうことなんでしょうね」
ユリウスはため息をついた。
「帽子屋のことだ。私を無き者にしておまえを連れてこさせようとしたんだろう」
うーむ。帽子屋のボスは珍しい余所者に興味があるらしいのだ。
「姑息ですね……これだからマフィアは」
「……いやおまえ、奴らから爆薬を購入しただろうが」
誤配送だってば。
「それならもう街には泊まれませんね。
でもずっと森で野宿というワケには行かないでしょう?」
「当たり前だ。とりあえず、朝の時間帯が来たら遊園地に行く。
あそこのオーナーは信用出来る男だ」
私はホッとしてうなずいた。でも時間帯はいつ変わるか分からない。
――うう、寒いし怖いなあ。
真っ暗な森の中。私はユリウスに肩を寄せる。そして怖い話なんぞ思い出す。
――遭難者を引きずり込もうとする悪霊が木々の間から恨めしげな顔を……。
いやいやいや!ここは時計になる世界ですから!いないですから!
お化けなんてなーいです、お化けなんてうーそです!脳内で童謡が絶賛再生中。
でも怖くなって暗闇なんか見れっこなく、ユリウスにひたすらしがみつく。すると、
「……頼りなくてすまない」
「え?」
「私に火がおこせたら良かったんだが……」
ユリウスがなぜか落ち込んでいるようだった。
うん。確かに炎の明かりがひたすら欲しい。
火をおこすことで居場所が知れるのを警戒……というのは表向きの理由。
二人ともばりばりのインドアで、火をおこす方法なんて分からなかったのだ。
「…………」
でも代わりのように抱き寄せてくれる温かい腕。
嬉しくなってもたれると、腕の力が強くなる。
好きな人に抱き寄せられて、少しずつ私も安心してきた。
同時に、私の眠気も少しずつ強くなってきた。
「ん……だ、だめ……」
「いい。寝ていろ。明るい時間帯になったら起こしてやるから」
「はい……です……」
――ユリウスはやっぱり優しいですね。
頼りないなんて、そんなことあるはずがない。
不器用な時計塔の主に安心し、私はうとうとと眠りの世界に行こうとした。
瞬間。

「いやあ、まいったまいった!道に迷ったぜっ!」
『っ!!』
エースが茂みから現れた。

……半時間帯後。
そこにはパチパチと燃える焚き火があった。
「いやあ、親友とその彼女を助けられるなんて、俺って騎士そのものだよな!」
テントを設営しながらエースが笑う。
私たちがあれだけ苦労しておこせなかった火をあっさりおこし、テント設営まで
始めてしまったのだ。戸惑って手伝いもしない私たちを尻目にべらべらしゃべる。
「目印にしてた時計塔が無くなったときは引っ越しでも起きたのかと思ったぜ。
八つ当たりにそこらの顔なしを斬る前で本当に良かった」
不穏なことを言いつつも上機嫌だ。
例により、運悪く道に迷って『運良く』私たちに遭遇したらしい。
あと、時計塔が無くなったことについては『事故』とユリウスが適当にごまかした。
……でも私はどうもこの騎士様が苦手で、ユリウスもそのことは知っている。
だからユリウスは着々とテントを張るエースの横で、必死に訴えてくれた。
「だから、私たちは遊園地に泊まるから、テントまでは不要で……」
「そうですよ。お構いなく!旅を続けて崖から落ちて人知れずくたばってください」
「あはは。俺、相変わらずナノに嫌われてるなあ。
大丈夫だよ、ナノ。俺は君からユリウスを取ったりしないから」
待て。いろいろ待て。
「それにユリウス、時間帯考えろよ、夜だぜ?
ナノを寒いまま真っ暗闇の中で寝かせるつもりか?」
「…………」
あ。沈黙した。相変わらず押しの弱い人だなあ。

「さ、二人とも入った入った!」
結局、エースのテントは完成し、布団まで敷いたエースが中から手招きする。
私とユリウスは顔を見合わせ
「ど、どうします……?」
「だがここまでされて、入らないのも……」
互いに困っていると、エースはテントの外に出て来て、意外なことを言った。
「俺は恋人たちの邪魔をするほど野暮じゃないよ。
外で見張りをしてるから、二人が中で寝てくれ。安心して愛しあっていいぜ」
『え……』
最後の一言はともかく、私たちは本当に意外で、言葉を失ったほどだった。
てっきり嬉々として三人で寝ようとするかと思ったのに。
「す、すまない」
気まずかったのか、ユリウスが若干言葉をにごしてテントに近づく。
エースは満足そうにうなずいて、さっさと焚き火のそばに腰を下ろした。
そうまでされては私も入らないわけにいかない。
「あ、ありがとうございます。エース」
入る間際、ぎこちなくお礼を言うと、エースは焚き火前で笑って手を振る。
「気にするなよ。それじゃ、二人とも頑張ってくれよ」
何を。

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