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■テントの夜1

※R18注意


そこはさながら戦場のようでした。
黒煙が上り、砂塵が舞い、まるで大爆発でも起きたような光景です。

その時計塔の『跡地』に、私は正座しておりました。

私の恋人、時計屋ユリウスはどんなときでもカッコイイと思う。
コートの裾は軽く焦げ、おさまりかけた爆風に長い髪が揺れる。
立ち上る煙と砂塵を背後に、ユリウスは腕組みし、低く聞いた。

「……言い訳を聞こうか」

私はナノ。算数も危うい平凡以下な余所者です。
ここはハートの国。で、今は時計塔で居候をしております。
寡黙な時計屋ユリウスのお手伝いをし、平和な日常を送っていました。
そしてこの寡黙な時計屋に告白され、舞い上がったのが、ついこの間のこと。

しかし、今、私たちの愛の巣たる時計塔がございません。
あるのは『元時計塔』。
あの大きな塔が崩壊する大爆発があったんです。
本当なら私なんかひとたまりもなかったんですが、役持ちのユリウスが守ってくれて
無事でした。
ただ私を守るため、時計塔の崩壊を防ぐのを後回しにしてしまったんです。
結果、時計塔がございません。

「……で、何だって『おまえが』、私の時計塔を崩壊させた」

私は正座して、仁王立ちするユリウスを上目遣いに見る。
「ええとですね。私の元の世界には『電子レンジ』っていうものがあるんです」
「知っている。電磁波を照射し、水の温度を上げ、調理、加熱する調理機器だろう」
「そうそう、それです!すごく便利なんです!」
さすがユリウスは物知りだ。
「で、あれを作れば、お料理とかいろいろ便利になると思ったんです!」
「…………で?」
「でもノンコヒーレントマイクロ波の発生には発振用真空管が必要じゃ無いですか。
けど、この世界ってマグネトロンが実用化されてないみたいなんですよね。
でも要はカソードとアノードの間にサイクロイド振動を起こせばいいんですから、
無線電信用の三極真空管を購入して何とかマグネトロンまでこぎつけようと、手始め
にスクリーングリッドに高電圧を流してみて、サプレッサーグリッドを……」
「御託はいい!なぜ時計塔が爆発したかを聞いてるんだ!!」

「実験用の器材の購入に帽子屋屋敷の闇ルートをお借りしまして。何か配送ミスで
ニトログリセリンが来ちゃって。気づかず高電圧かけちゃったんですよね。あとは誘爆に次ぐ誘爆で。あはははは」
ニトログリセリン。
ダイナマイトの主原料。
さっすがマフィア!

「…………」

「いやあ、一休みに別室でほうじ茶を飲んでいて良かったですよ。自分へのごほうび
って、ときに自分の命を救うんですね。あはははは」

……ユリウスはくるっと背を向ける。
「ユリウス、どちらへ?」
「おまえのいないところだ」
「待ってぇー」
「来るなっ!高電圧かけてる最中に席を外す阿呆がっ!」
「待ってぇーダーリンー」
私は立ち去るユリウスの背を追うのでした。



「とりあえず、時間帯が経って時計塔が修復するまで、隠れながら生活する」
私たちは宿泊施設の一室に泊まることになった。
私は薄明かりの部屋でベッドにゴロゴロしながら、
「でも、ユリウスは時計塔では無敵なんでしょう?
あそこの範囲内にいた方がいいんじゃないですか?」
ベッドから下り、椅子に座るユリウスに、後ろからよじよじしながら甘えていると、
「……おまえ、『跡地』にテントでも張って暮らすのか?
四六時中、衆人環視状態だぞ」
確かにそれはいろいろ痛い。ライオンちゃんだって夜は寝てるのに。
「まあ、不幸な事故だったんだから仕方ないですよね。
しばらくは旅行に来たと思ってのんびりしましょうよ、ユリウス」
大事な人の肩をポンポンと叩くと、ユリウスが静かに振り返る。
「ナノ」
「はい、ユリウス」
そしてユリウスは優しい笑顔で私の頬に手をあてる。
……その手をゆっくり拳にすると、私のこめかみに移動させ……。
「だ・れ・の・せ・い・だっ!!」
「いやああああっ!!」
ぐりぐりぐりぐりぐり。
「痛いです!ユリウス超痛いです!本当ごめんなさい!反省してます!
調子に乗りすぎました!犬とお呼び下さい!何でも言ってください!」
「何でも……?」
私に制裁を課していたユリウスの手が止まる。
あ。ヤバイ。保身のためとはいえ口を滑らせた。
「あ。ええと、それは言葉のあやと申しますか……」
ユリウスがチラッとベッドを見る。仲良く並んだ二つのベッド。
「…………えーと、あの、ユリウス……」
「そういえば最近、時計修理であまりおまえを構ってやらなかったな」
「ユリウス、ユリウス……その……」
ユリウスが私の身体のラインを見る。私はバッと胸を隠し、じりじりと後ずさり。
するとユリウスもフッと笑い、私に近づいてくる。
「そう嫌がるな。おまえも告白を受け入れただろう」
「家主と居候です!それ以上の関係はございません!」
「なら家賃を払ってもらわなければな。高いぞ」
「期日までに必ず支払います!お代官様、どうかご猶予を!」
「身体に金を隠していないか、よく調べないとな」
私もユリウスもくすくす笑いながら、ごっこ遊びを続ける。
ついにユリウスが私をベッドに追いつめ、押し倒す。
「ほら、抵抗しても無駄だ。金が払えないなら身体で払ってもらおうか」
「だれか助け……いやあ……そこ!触っちゃダメです!」
「ならここか?ふふ、口ではどうこう言っていても、身体は正直だな」
「やん……そこはもっと……ダメ……」
互いに噴き出しそうなのをこらえながら続けていると、
「っ!」
ユリウスが突然私を抱きしめ、口を手でふさぐ。
「!?」
最初は、ごっこ遊びの続きかと思ったのだけど違うらしい。
ユリウスは一転、鋭い顔になって、私の身体を抱いたまま床に身を伏せる。
数秒の静寂。
おもむろにユリウスは私を抱きしめたまま、走り……アクション映画のごとく、
「ナノ。目を閉じていろっ!」
部屋の窓ガラスを足でぶち破った。
「わっ!」
ガラス片が目に入らないよう、ぎゅっと目をつぶってユリウスにしがみつく。
一瞬の浮遊感と、落下する感覚。そして軽い衝撃。
ユリウスが私を抱いたまま、隣の家の屋根に飛び下りたのだ。
直後に、何かで扉が破壊される音。
「あ、時計屋が逃げたよ、兄弟!」
「ああ、臨時ボーナスが〜」
と聞き覚えのある声。けれどユリウスは素早く駆けだしていた。
飛び来る弾丸を何とかかわしながら必死で走る。
そして宿泊所はどんどん後ろに見えなくなっていった。

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