続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■怒らせた話29 「君の店は、帽子屋ファミリーに破壊されている」 「……へ?」 グレイ流『大人の仲直り』が終わって。 シャワーを浴びた私たちは、ソファに並んで座り、今後について、改めて話し合う ことになったのだけど。 グレイはアッサリと言った。 「君をさらってすぐに、君のボロ……コホン、家と店は奴らに破壊されている。 恐らく、逃げても戻る場所がないように、とのことだろう」 「…………野郎」 ボロで悪うござんしたね。しかし、いよいよもって許せん、ブラッド=デュプレ。 「無理に戻っても住むところはない。どうするつもりだ?」 先ほど愛の言葉をささやいていた姿はどこへやら。グレイは冷ややかだった。 「え……えーと……」 汗をかいて、グレイを見上げると、 「あのろくでもない連中と、つながっていたいんだろう? それなら、このくらいの障害、克服出来るのだろう?」 そう言われると、ぐぅの音も出ない。 ――知り合いを頼って、資金を調達して、業者を探して、工事を発注して、見積書を 受け取って……あー、お店の品物とかも揃えないといけないし……。 それまで塔に居候?グレイが一切の妨害工作をしないと言い切れるだろうか。 それにコネはあっても金はない。どう考えても役持ちの手助けがいる。 「まさか、俺にあれだけ大見得切っておいて、男に頼る、なんてしないだろうな?」 釘を刺された。完全に劣勢である。するとグレイはどこからか紙の束を出し、 「そこで、俺が提案する、塔での仮設店舗建設計画だが……」 ヤベえ。押し切るつもりだ。見積もりまで絶対終わってますよ、この仕事人! 「い、いえ、あの、その、グレイ。ええと私、用事が……」 しかし立とうとすると、手首をガシッと捕まれた。 「あの、グレイ、ちょっと手を離して……」 必死に振り払おうとするが、どれだけ力を入れても動かない。 グレイは手に全く力を入れず、私の逃亡を阻んでいる。 「中立地帯なら、皆もいつだって来店出来る。これで友人とつながっていられる。 良かったなナノ。とりあえず、俺のおすすめのウェディングプランだが――」 「ちょっと待て。今、何ていいました、あなた!」 振り払おうとするけど、逆にギリギリとグレイの方に引き寄せられる。 空いている方の手で腕を突っぱねるけど、グレイはすでに獲物を捕らえた目だった。 「とりあえず、もう一度、ゆっくり話し合おうか……ゆっくりと」 ――またそれかっ!! ベッドの中の話し合いで、グレイに勝ったことはない。 私の主張、流す気満々じゃないですか! 全く、ブラッドに似ていたというだけあって、自分の欲求と目的を平然と混ぜ―― ――ん……欲求と目的を……? そのとき、ふと、この場には全く関係ないことが頭をよぎった。 ――いやまあ、どうでもいいですか。 すぐにその考えを振り払い、目前の脅威と対峙する。 「ナノ……」 「うわっ!グレイ!ちょっと……!!」 そのままソファに押し倒され、キスされそうになったとき。 「おーい!ナノ、いるか?」 バタンと扉が開いた。 『は……?』 顔を出したのは、エリオット=マーチだった。 「三月ウサギ!!……ナノ、下がっていろ!!」 グレイの動きは素早い。 瞬時にソファから飛び出し、私を背にかばうと、両の手にナイフを構えた。 「よくもぬけぬけと……またナノをさらいに来たか!!」 あらゆる殺気を総動員した様子で、怒鳴りつける。 でも三月ウサギは首をかしげ、 「何言ってるんだ、トカゲ。俺はウサギじゃねえよ。それよりな、ナノ」 「は、はい?」 視線を向けられ、ついついグレイの背中にすがりつつ、ビクッとする。 「あんたの店とプレハブ、建て直しておいたぜ。ブラッドからの『礼』だってさ」 『はあっ?』 エリオットの次の言葉に、私たちは目を丸くした。 ………… ………… 帽子屋ファミリーの庭園では、いつものように優雅なお茶会が開かれていた。 もっとも参加者はボス一人。 あとは紅茶係の私だけだ。 とりあえず、説明を求めるため、グレイを振り切ってやってきたのである。 「どうぞ、ブラッド」 黒エプロンをした私は、ドンッと音を立ててティーカップを置く。 中身が振動でちょっとこぼれたけど、ブラッドは涼しげに笑う。 「いただこう……ほう?なかなかの回復具合だな。だがダージリンのファースト フラッシュをこの配合で合わせるのなら、もう少し――」 「二杯目、淹れてあげませんよ?」 腕組みし、にらみつけると、 「大人しく飲んだ方が良さそうだ」 肩をすくめ素直に飲む。 「で、店を再建して、今回のことをチャラにしたおつもりですか?」 するとボスはちらりと私を見、笑う。 「そう言うな。君のおかげで、組織の無能分子を一掃出来た。感謝しているよ」 やっぱりか、と私は肩を落とす。 「あなた。私を送り込んで、あの『館』の内部監査を進めてましたよね」 「ほう?気づいていたか?」 ブラッドが楽しそうに私を見る。 「ついさっき、ですけど」 終わったこととは言え、どうも私は利用されたらしい。 29/30 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |