続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■怒らせた話27

あの急性カフェイン中毒事件以来、ちょっとずつ私は回復した。
まあ最初の内は、大半の時間、バリケードの中にこもっていたけど……。
でもナイトメアの勧めもあり、私は職員さんに珈琲を作る仕事をするようになった。
そのうちに職員さんたちとちょっとずつ会話が出来るようになり、珈琲のおかわりや
おやつの準備と言った、雑用も出来るようになった。

いつの間にかバリケードにも、こもらなくなった。
私がすぐバリケードを作れるようにと集めてあったゴミ箱やラックも、いつの間にか
本来の位置に戻され、再び正しい使い方をされていた。

グレイの部屋で、私はまた飲み物の研究を始めていた。
毎日、吐くほど珈琲を飲んでいる。カフェイン万歳。
まだちょっと丸まってしまう寝相は残ってるけど。
……で、そこまで回復しても、まだグレイの部屋に泊まっていた。

で、場面は戻ってまたグレイの部屋。
私はチッチッと指を振る。
「珈琲道に終わりはありません。厳正に管理された農園の最高品質の生豆を選ぶ事に
始まり、不良豆を完璧に取り除き、適切な火力管理の下で焙煎、ブレンドを……」
「あ……そ、そうか……難しいな」
律儀なグレイは、ツッコミを入れずにつきあってくれる。
「連中も、珈琲で君を釣っていたら、もっと簡単に事が進んだんだろうな」
その横で砂糖たっぷりの珈琲を飲みながら、ボソリとナイトメア。
『何か?』
私とグレイに笑顔で聞き返され、ビクゥっとすくむ。
「い、いや、別に……」
私は余計なこと言う夢魔にフンッと背を向け、珈琲を飲む。
やっぱり美味しい。この味、この苦み。
この美味しさを教えてくれた人は、今この国にいない。
そして私は窓の外を見る。
寂れた自分の店。すきま風が吹き、歩けばギシギシなるプレハブ小屋が懐かしい。

「グレイ、いろいろありがとうございました。
私、そろそろ自分の家に戻りますね」
その言葉は意外にスッと出た。

「ダメだ」
で、ほぼ即答だった。

グレイは笑顔を消し、カップをテーブルに置くと厳しい顔で、
「あれだけの目にあって、まだあんな危険な場所にとどまるというのなら、俺は
また君を医者に診せなければいけない」
「い、いえ、アレは油断しただけですよ。お世話になりましたし、これ以上は――」
「そう思うなら、俺の部屋にいなさい。また同じ目にあいたいのか?」
「で、でもですね、今回の一件の原因は、あなたにもあるでしょう?」
グレイが余計なちょっかいをかけてこなければ、ご主人さ……ブラッドもあれほど
怒ることはなかったのだ。
「君があんな危険な場所に住んでいることが悪い!
それ以前に、抗争の多い場所に若い女性が一人で住むことの危険性を――」
うわあ……いつもの堂々巡りですか。
自分のしてることを棚に上げて、またお説教モードですよ、グレイ。
「まあまあ、二人とも……」
ナイトメアの、止める気があるんだか無いんだか分からない制止を背に、グレイは
お説教を止めなかった。

「とにかく、出て行きますから!」
「ナノ……」
あくまで強情な私に、さすがにグレイも肩を落とす。
「……君、本当に懲りないよな」
ナイトメアが仰る。
「飲み物を淹れるのが好きなんですよ」
私は応える。
単に淹れるだけではない。ゼロの状態で出発し、この世界でたまたま開花した技術。
今となっては、この世界の友人と私をつなぐ、大切な絆だ。

「ナイトメア、グレイ。ありがとうございました。本当に感謝しています」
私は深く頭を下げる。特にグレイ。多分、グレイに全く関係ない原因でブラッドに
捕らわれても、彼は助けに来てくれただろう。それが嬉しく……申し訳ない。
「帰らせて下さい。私はまだ、あの場所にいたいんです」
でもグレイも、ここで譲ってはいけないと思ってるようだった。
「飲み物を淹れることは禁止しない。だが店を開くなら塔にしてくれ。
何もあんな危険な場所でなくてもいいだろう!?」
つめより強い懇願。この人の腕に迷うことなく飛び込めたら、と何度思っただろう。
「私は、あなたに依存するのが怖いんですよ」
「俺はかまわない!君が、そばにいてくれるのなら……力ずくでも閉じ込める」
「グレイ……」
あー、こうなると説得しにくいなあ。このままじゃ強硬手段に出かねない。
というか、グレイもやることがブラッドに似てるんですよな。
そういえば、前に、ブラッドは昔の自分に似てるとか何とか言ってたっけ。
「あのー、二人とも、わ、私もいるんだが……」
おずおずと存在を主張する夢魔は、可哀想に、きっぱり黙殺される。
「い、いや、ナノ。そう思うなら私の相手をだな……」
でもこの部屋に監禁……コホン、ずっと居候しても、私はグレイに恋はしてない。
もし、それが原因で、引っ越しで引き離されたりしたら?
「ナノ、それは……」
ナイトメアが何か言いかけるけど、私は首を振る。
私という余所者は、今度こそ不思議の国で壊れちゃいそうな気がする。
だから、世界がどう変わってもいいように、私は自分の店にいたい。
「ナノ……君はそうやって、いつまでフラフラしているんだ。
居場所も立場も不安定なままで、この世界に一人で……」
嘆くグレイに、私は微笑む。

「一人じゃないですよ。皆さんとつながっていられるところが、私の居場所です」

27/30
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -