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■怒らせた話26

「ナノ、お菓子を持ってきたよ」
そして次のお仕事のとき。
相変わらず、バリケードの中で丸くなる私にグレイが出したのは……。
――うわあ……。
いつもの甘すぎココア。それと……
「バターケーキだそうだ。バターと生クリームをたっぷり使って、くるみとバナナを
入れ、仕上げに糖蜜をかけ、粉糖をまぶし蜂蜜をかけてある。
料理長に頼んで、君のために特別に甘いものを作ってもらったんだ」
――な、何つう恐ろしいものを!!
匂いだけで胸焼けがする。
――病み上がりでそんな重い物が食えるか!!
というか、添えられてるのがココアなら、ちょっとは酸味が欲しい。
中の果物も、何でドライフルーツとかイチゴに、してくれなかったんすか!!
「食べられるだけでいいから、食べてくれ、ナノ」
……親切すぎる笑顔に何も言えず、私は無言でグレイの寂しげな背中を見送った。
そして、震える手でフォークを持った。

……甘すぎて戻すかと思った。結局、何口も食えなかった。
あと今回もナイトメアは、いなかった。

…………

謎の嫌がらせも、何度目なんだろう。
バリケードを開け、グレイが入ってきた。この匂いは……。
「ナノ。料理長が、チョコレートなら子供も喜ぶのでは、と特性チョコレート
ケーキを作ってくれたんだ。どうだろう」
いえ、どうだろうって。『子供=チョコレートが好き』とはまた短絡的な。
――というか、私はもう結構大きくなってると思うんですが……。
もう元のサイズにかなり近づいた。さすがにグレイも簡単に抱いて歩けない。
で、微笑みつつグレイが私の前に置いたのは……。
――うっ……。
ココア生地にチョコレートクリームのデコレーション。
ちょこんと小さなチョコの家がつき、その上からさらに濃厚チョコソースがかかった
チョコづくしのケーキであった……チョコ愛好家でない限り食えませんがな!
そしてココアの糖度はさらに磨きがかかったのか、こちらも匂いでむせるレベル。
――このままでは、虫歯になるか、糖尿病になる……。
相変わらず、心を読むナイトメアは居やしない。
「それでは、俺は仕事に行くからな、ナノ」
頭を撫で、バリケードを戻して去って行くグレイ。
私はしばらく、ココアとチョコケーキの前で固まり……ついにフォークを手に取り、
恐る恐る、一口、食べてみる。
そしてカタッとフォークを取り落とした。
――ダメだ……甘過ぎです。
私はバリケードの中、丸まって悩む。無理!どうしても無理!!
かといってまた残せば、グレイ、あと料理長さんも悲しむだろう。
私は丸まっている余裕もなく、頭を抱えた。
――ど、どうすれば、これを全部食べられるんですか……。
こっそり捨てるのは却下。食べ物を粗末にするのは許しません。
誰かにあげる。いや、塔の中にいる子供は一名。
奴は現在、仕事から逃げて所在が知れない。
いつものように、このまま残すのも……ダメ。
グレイは大切な人。私の恩人だ。
これ以上悲しむ顔を見たくない。
――それなら……無理やり食べるしか……。
だがこんな甘ったるいものを詰め込むのは苦行だ。
せめて甘みを中和する苦みがあれば。ココアではなく、珈琲が……。

――珈琲!!

ぴーんと頭に古典的な電球が光る。
珈琲。きっついブラック珈琲でもあれば、この甘味地獄を乗り切れるかもしれない。
珈琲をどこかで手に入れ、持って帰ってくればいいんですよ。
そうと決まれば、いつグレイが様子を見に来るか分からない。
――よし……。
私はゆっくりと立ち上がる。

そして、バリケードを静かにずらして外に出る。
最初の一歩を踏み出したとき、さすがに足が震えた。
でも思ったより、不安は来なかった。
何より珈琲への渇望が私に勇気をくれる。

――大丈夫。必ず、イケる……!

執務室で、職員の皆さんはいつも通りに忙しく働いていた。
グレイはおらず、私が出てきたことに誰も気づかない。
私も誰にも声をかけず、そーっと扉まで行き、すっと出て行った。


そして××時間帯後。
厨房にて、急性カフェイン中毒となった少女一名が発見されたのであった。


それからナイトメアが戻ってきて、私の心を読んでくれた。
私の外見が完全に元に戻ったのは、それからすぐのことだった。


そして、さらにさらに時間帯が経った。

…………

窓の外は良い天気だった。
「……よし!」
グレイの部屋の一角で、私は真剣な顔を上げた。
そしてサイフォンから陶器のカップへ、出来たての珈琲をゆっくりと注ぐ。
色、香り、湯温、全てが申し分ない……はず。
そして角砂糖を二個入れて、スプーンで軽くかき混ぜる。
ずずーっと口をつけて飲むと、程良い苦みと甘み。
でも眉をひそめた。
「それでも65点くらいですかね」
ブランクは大きい。味は容易に元に戻らないだろう。
「そうか?俺にはすごく美味しい珈琲に思えるが……」
横のグレイは戸惑った顔。彼は私が先に入れた珈琲を飲んでいる。
ここはグレイの部屋だ。私はまだここにいる。

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