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■怒らせた話24

かくして、救い出された私だけど、即、病院送りになった。
薬品の過剰投与で、身体は小さいままだったし、重度の栄養失調。
それと、あまり自覚がなかったけど身体には大小のアザと傷。
特にいくつかの傷が、深刻だったらしい。あンの変態男……。

もっとも入院していたのは、意識のない、ほんの短い時間帯のことだった。
グレイが、病院に私を置いておくのは心配だと、退院許可が出る前に、私を塔に引き
取っていってしまった。まあ、塔にはナイトメアのための治療設備が整っているし。

で、私はしばらく、クローバーの塔で明るく楽しく療養することになった。

…………

暖かい暗闇にうずくまっていると、どこかでカーテンの引かれた音がする。
「ナノ。もう××時間帯も寝ているぞ。そろそろ起きなさい」
布団の向こうから、グレイの声がする。
でも私はふかふかの羽毛布団にくるまったまま、身動きしない。
目はこれ以上になく、冴えているのに。
「ナノ」
誰かが、布団の上から私の頭を撫でてくれる。
でも私は膝を抱えた丸まりを解かない。硬く膝を抱えている。
すると、また優しい声。
「なあ、ナノ。日光浴だけでいい。少し日に当たろう。身体も伸ばさないと」
ゆっくりと布団をはがされる。まるで私を刺激しないよう、気遣っているように。
――……。
光を感じ、私はさらに硬く丸まった。
でもグレイは頭を優しく撫でてくる。
怒鳴ったり、髪を乱暴に引っ張られたり、つねったり、殴ったり、ということは
されない。ただ頭を優しく撫でてくる。
「ナノ」
私が全く反応しないというのに、根気強く呼びかける。
そして、まだ小さいままの私を抱きしめた。静かに、静かに。

どのくらい経っただろう。
撫でられすぎて、ちょっと緊張感が緩んでしまったのかもしれない。
私はゆっくりと、強ばった身体をほどいていく。
「ナノっ」
すると、すかさず緩んだ身体に手を差し入れられ、抱き上げられる。
うう!ちょっと丸まりすぎて、各種関節が痛い!!
さすがに、私はギュッと閉じていた目も開く。
目の前にいるのは……やはりグレイだ。嬉しそうな顔をしている。
私を助けに来たときは変な格好だったけど、今はまた、髪を整え、黒いスーツを
着ていた。それだけ確認して、私はまた身体を丸めようと……
「止めなさい、ナノ」
またギュッとされた。そしてグレイは独り言のように、
「やはり部屋に一人で置いておくのは心配だな。さ、ナイトメア様に会いに行こう」
えー。それはちょっと。
でも再度丸まろうにも、グレイに巧妙に妨害され、持ち上げられ、腕に抱えられた。
私はちょっと身体を硬くしたけど、泣いたり抵抗したりはせず、腕の中にちょこんと
おさまった。すると、ますます嬉しそうなグレイ。
「ああ可愛い……癒やしだ……」
……ていうか、ここはグレイの部屋だ。
でもまあ、いいか。状況に違和感を抱くべきだと思うけど、そこまで頭が回らない。
「好きだ、ナノ」
……暖かいなあ。抱きしめられ目を閉じると、闇は静かに訪れた。

…………

人のざわめきがする。
行き交う足音が床をかすかに振動させ、快活な話し声が頭上を通り過ぎている。
私は部屋の隅で、膝を抱え丸まっている。でもそれほどは硬くない。
目の前には、ゴミ箱や大きな書類ボックス、可動式ラックのたぐいが見える。
執務室に連れてこられてから、私が高速で集め、自分の周りに設置した。
こういうときだけは身体が動く。誰も邪魔しない。職員さんたちは、気の毒そうに、
大きな物を集める私を見、中には、こっそり押して手伝ってくれる人までいた。
「ナノ。何かお菓子を食べないか?欲しい物があったら何でも買ってこよう」
それらの向こうから、声がした。グレイがデスクの方から声をかけたみたいだ。
私はピクリともせず、バリケードのど真ん中で丸くなっている。
今の私は、何か出されても何も食べない。
「ナノ……」
グレイの心配そうな声。
「好きにさせてやれ、グレイ」
なだめるように、ナイトメアが声をかける。
「ですが、ナイトメア様……」
「ナノは弱い子じゃないさ。今はちょっと休憩したいだけだよ」
普段、おちゃらけている夢魔は、こういうとき妙に達観したことを言う。
「そう、ですね……そうだといいのですが」
グレイは心配そうにしながら、仕事に戻っていく。
ナイトメアは間違ってる。私は弱い。何をされても抵抗出来ない弱い余所者だ。
私は、グレイの仕事が終わるまで、ピクリとも動かなかった。

…………

「ナノ……」
宵闇の中でグレイが私を抱きしめる。まあ今の私は小さいし、ここに来るまでの
事情が事情なので、危険なことは何一つされないけど。
だけど日中は、彼の仕事に合わせて連れ回され、寝るときまで一緒。
彼が外回りのときはナイトメアに預けられる。
誰もが優しいけど、もっぱら私は丸くなって動かず過ごしていた。

「ほら、また硬くなっている」
無意識に丸まろうとした私を、グレイがやんわりとほどく。
そして悲しそうな目で、私の額にキスをした。
「このまま、ずっと俺と一緒にいるといい」
私は答えない。
「そうすれば俺が君を守ってあげられる。だから俺と、いつまでも……」
私は答えず目を閉じる。そして私は、悪夢を追い払う夢魔に会いに行った。

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