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■怒らせた話22

んで……そう、その男性の記憶が何度か登場します。
最初は服の上から、次に下着の上から、思い出すたび触れ方が露骨になる。
それも懲罰の一つなのか、制止する監視の人もいません。
なぜか涙もろくなった私は泣いて嫌がり、身をよじるんですが、その方はますます
興奮した様子で私をベッドに押さえつけ、ついに下着に手を……。

えーと。ちょっと、またその後、覚えてないですね。何があったんだっけ。

その男性は、私が何かしでかしたり、覚えが悪かったりするたびに寄越されるように
なってました。本当はそこまで呼ばれる予定はなかったと思うのですが、この男性が
来た後、覚醒したみたいに私の学習能力が高まるからでしょう。
だって、絶対に二度と会いたくないですもの。
ブラッドの要求はあまりにも高く、対する私は物覚えも悪いし意欲にも欠ける。
無気力な私を動かす特効薬は、魅力的なのでしょう。
副作用がすごいと、分かっていても。

えーと。また記憶は飛んで。

ボスの出した質問に、暗記の知識でもって、完璧に答える私。
カードゲームで、無い知恵を振り絞り、決まりの一枚を出す。
ご主人様の拍手の音。
紅茶についてはあきらめるか、と嘆く声。
そのころには、私の立ち居振る舞いも変わっていました。
店の最高位の女性と変わらない笑顔、指先まで洗練された仕草。もちろん『館』側も
私を飾り立てたから、私はもうここの女性たちとほとんど変わらない。
でも瞳に感情はない。マジでない。詰め込み学習って疲れますからね。

暗闇の中、私を押し倒し、ご主人様が笑う。
『かなり従順になったようだな』
覚えた技巧を駆使する私にご満足らしい。やはりこの人はぶっ飛んでるなあ。

また記憶が飛ぶ。
『さて元に戻すか、このままにするか。どちらが良いのやら』
ベッドの中、裸の私を胸にもたれさせ、葉巻をくゆらせ、一人呟くボス。
全てはご主人様の手の中。泣く。最近は涙も流せませんが。
『しかし、これはこれで悪くはない』
ボスは、無表情に微笑む私の髪をすき、笑う。私はただ、もたれる。
独り言から察するに、以前の私のことも、少しは惜しいと思ってくれてるらしい。
でも今の、完全に従順になった私も捨てがたいようだ。
性格最低ですなあ。そして私は、いつまでここにいるのでしょう?


確か、このときの逢瀬の帰りだった。
私は何も着ないでベッドで膝を抱え、丸まっている。
最近は『館』の人もほどくのに苦労する、硬い丸まり方です。
ご主人様は見送りの『館』の人と何か話していた。
大半は、私の『教育』についての細かい指示で、よく覚えていない。
あ、でも一つだけ覚えている。
一番最後に、ご主人様は丸くなった私を指さし、冷ややかな声で言ったのだ。

『やせた。次に来るまでに何とかしろ。でなければ――』

その先は覚えていないけど、『館』の人たちが、真っ青になって息を呑んだ気がします。

次のシーン。私は人形のように椅子に座り、目の前には豪華フルコースディナー。
でもなぜか食べられない。何て言うか、こういうのは気分なんですよ、気分!
マナーはもちろんたたき込まれてますが、えーと、何かね。お腹すいてないっす。
そして背後から、誰かの冷たい声。
『何をしても食べないか。やはり、あの客に好きにさせてみては?許可も出ている』
『そうだな。ショック療法になるかもしれないし、罰としての意味も――』
『だがあれ以上は危険だ。最近、あの男は我々の目を盗み、調子に乗りすぎている』
『それにナノ様はボスの妾になる女性だぞ。後から何を言われるか……』
え。妻から妾に格下げ!?ガーン!


また記憶が飛んで。指導役の、あの優しいお姉さんが泣いてます。
『お願い、ナノ。食べて……!食べないと、ダメよ……!』
その人は間もなく、指導役不的確ということで、私から外れたんでしたっけ。
あんなに親切な人が、なんで指導役不的確なんだろう?
泣き顔だけが思い出され、申し訳なくなります。
ちなみに次の指導役は、見ていないところで私をツネったり、ご主人様から贈られた
大量の服や宝石をこっそり盗む、意地悪な人でした。だから何も覚えてないや。

そしてまた声がする。
『何をしてもダメだ。このままでは我々の命が危ない』
『ナノ様はあの男を心底から嫌がっている』
『同じ目にまた遭いたくなければ……と脅せば飯を食う気力ぐらい出るだろう』
『だな。それにあの金づるは大金を落とす。我々が捨てられたときの備えに……』
ここは代えが利く世界。誰もが保身と存命に必死なんです。


それから……それから……。

…………

――誰、この人。

回想シーンではありません。回想シーン終了。
今は『今』です。
しかし今、それしか思えない。
――誰、この人。
「ナノ、大丈夫か!?」
私に声をかけ、肩をゆさぶる人がいる。
――だからあなた、誰ですか。
記憶喪失とかではなく、本当に目の前の人には覚えがない。
こんなお知り合いはいませんよ?
灰色のコート着て、紫のマフラーなびかせて……何か爬虫類みたいな目で。
――あれ?この人、まさか……。
「ああ。俺のこの格好か」
彼も気づいたらしい。セットしていない髪を決まり悪げにおさえ、
「制服は動きにくいから、動きやすい格好で来た。
とにかく、俺が助けに来た!もう大丈夫だ!」
はあ、それはどうも……。
私は縛られたまま、身じろぎする。
というか、今の私は、ベッドの上で服を着ていない。ちょっと恥ずかしいのですが。
「あ、すまない。まずは縄を切ろう」
その人はシュッと手を一閃させる。
動きは見えなかったけど、次の瞬間、ハラリと私を拘束していた荒縄が落ちた。
あー、痛かった。
解放された私はホッとして、布団の中に戻ろうとした。
「……ナノ、ふざけてる場合じゃない。俺と来るんだ」
丸まって目を閉じようとしたら、布団をはがれ、怒られました。
あ。すみません。詰め込み学習の反動で、本当に思考力が落ちちゃって。

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