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■怒らせた話21

それから私の頭上で、聞きたくもない『教育方針』の話が飛び交い、最後に、
「じゃあ、頼んだぜ。ボス直々の命令だ。金はいくら使ってもいい」
エリオットは上機嫌に言う。すると、『館』の幹部らしい人も重々しくうなずき、
「出来うる限りの教育をいたしましょう。最高位の姉役をつけて技術を仕込み、
各種教養、芸事、遊戯に至るまで徹底的に――」
え……。ちょっと待って下さいよお。
紅茶を淹れるのは好きですが、私、そんなに頭は良くないですよ?
三つ、頭に入れたら一つは忘れてるんだから!マジで!!
「ああ、頼んだぜ。ナノの奴、ブラッドに連れて行ってもらった演劇の内容も
分からなかったくらいでさ」
エリオット!内容分からないのは、絶対あなたも同じでしょう!!
「ナノ様」
無表情のままパニクっていますと、私の髪を整えながら、先ほどの女性が言う。
「あなたはここに修行に来たのです。
帽子屋屋敷のときのように、良くしてもらえると、お思いになりませぬように」
……帽子屋屋敷より待遇がひどくなるんすか?ダメだ、想像がつきすぎる。
「もし、覚えが遅い、もしくはここから逃げるような真似をしたら、本当に客を
取っていただきます。これはボスの許可されたことでもありますから、ご容赦を」
何というかもう、敵しかいない感じです。
私は諦めて、肩を落としました。
――ここまで来たからには遠回りしてでも課題をこなせば、いいのかな……。

始める前から思います。
絶対無理。

…………

…………

そして誰にも救われることのないまま、時間帯が変わっていきます。
何かもう、最近は記憶が飛び飛びでしてね。
フッと落ちるように意識が飛んで、ふいに浮上したりするのですよ。
だから思い出すことも断片的です。

まず思い出すのが、暗闇の中に浮かび上がる、私を押し倒すご主人様。
私の成長過程を見に来たと、『館』まで来て、『お泊まり』していって……。
あー、それでどうしましたっけ。また記憶が飛ぶ。

私に紅茶を淹れさせるご主人様。屋敷でも、いつもいつも淹れさせられてたっけ。
だから、これだけは、環境が変わっても出来る。
でも味が落ちすぎだと、ご主人様はとても不満そうでした。

次に、ブランデーに浮かぶ氷の塊。私にお酒をつがせるご主人様。
何か芸術や歴史に関する難しい質問をしては、私のダメダメな返答に苦笑する。
そのときの私は……たぶん、下着一枚の格好でしたね。

思い出すのはご主人様のことだけではない。
『可愛いわね、ナノ。さあ、楽しいことをしましょう……』
指導役のお姉様。サラサラの長い髪、香水の匂い、指先まで洗練された仕草。
上得意のお客様方に贈られたという、家でも買えそうな、貢ぎ物の山。
それを惜しげもなく私にくれた。
そして彼女がベッドの中で教えてくれた、目のくらむような快楽。
……大人の世界すぎて、思い出しきれないです。
『あなたの姉役になれて幸せよ。だから、もっと笑ってね』
髪をとかしてくれる優しい手。とにかく優しく美しい、顔なしのお姉様でした。
でも、その悲しそうな瞳にうつるのは、同じ境遇の者への同情だった気もします。
閨での話によれば、親の借金で恋人と引き離され、ここに来たとか何とか。
あいにくと、私は彼女ほど悲劇的な背景ではないです。庭でたき火をしただけだし。
でも、そう話そうにも、その頃には私はしゃべる意志や感情を、かなり無くしてました。
黙る私を、悲しそうに撫でるお姉様でした。いやー、マジごめんなさい。

えーと、それからまた記憶が飛びます。
カードゲームで、私がルールを覚えたことを喜んでくれるご主人様。
でも頭の悪い私が、駆け引きや数手先を読むなんて、とても出来ないことを知って、
少し不満そうな顔をする。そして惨敗した私の、むき出しの腕をつかむ。
『私がかったのだから、サービスをしていただこう』
かった……『勝った』だっけ。『買った』だっけ。覚えてないなあ。

とにかくご主人様は私を買える唯一の人間だから仕方ない。そのはずです。

えーと……それからどうしたっけ。

誰だか知らないけど、目の前に何か大変にふくよかな顔なしの男性がいましてね。
そのことを思い出します。
何でその人がいるんだろう。
えーと、確か……『罰』だった気がする。
何の罰かは思い出せません。でも私は元々頭が悪いし、気力をほとんど失ってる状態
ですから、罰される理由には事欠きません。
その人がね、こう、触ってくるんですよ。服の上からだけど。
ものすごーく、嫌な、ねちっこい感じで。
万が一のことがないよう、『館』の人の監視付きですが、その人ぁ全く気にしない。
まあいろいろな理由があるだろうから、体重についてはとやかく言いません。
でも定期的にお風呂には入っていただきたい。あと歯も磨いて。お願い。
で、ご主人様と違って、触られても全然気持ちよくない。
むしろ、触られるほど嫌になる。
私は嫌がるんですが、手は追いかけてきて、小さな胸をまさぐり……。
あれ……記憶の中の私の胸、こんなに小さかったっけか、そこまで貧乳じゃなかった
と思うんだけど、無理やり何かの薬を飲まされた記憶もありますが……。
どうも本当に、記憶がよく飛ぶんですよね。

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