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■怒らせた話20

そして、ご主人様に見送られ、帽子屋屋敷から旅立った私です。
私は精鋭の使用人さんたちに厳重に周囲を囲まれ、ファミリー直轄の娼館……何か
娼館って呼び方、抵抗あるんで『館』って呼ばせて下さい。
その『館』に向かっています。

「良い天気だな、ナノ!」
先を行くエリオットが陽気に言う。
どこをどう歩いているか分かりませんが、誰ともすれ違わないです。
お耳が上機嫌にピンと立ち、風にひくひく揺れていて、何とも可愛らしい。
「あの店はいいぜ。上納金もいいし、女もいい。××××の方だってな――」
……話していることは可愛らしくない。
というか、私より、周囲の使用人さんたちの方が興味深げだ。
「ああ〜。あそこの子たち〜下のランクの子でも、きれいですよね〜。
俺なんか〜最初の子に一目惚れしたって言われて〜」
鼻の下がのびてる使用人さんに、エリオットはあきれ顔。
「そりゃ初会の客への決まり文句みてえなもんだ。真に受けるとむしり取られるぜ」
「でも〜また会いたいって〜手紙を何度も送ってくれるんですよ〜」
使用人さんは、商売文句を信じたいご様子。
こりゃ借金するまで貢がされるなー、と苦笑する声。
「それで行ったらすごく〜喜んでくれて〜帰るときは〜二度と離れたくないって〜」
……まあ、双方合意の上ならいいのかな。
とはいえ、異世界でそんなドロドロな世界に足を突っ込みたいとは思わない。
それなら銃弾飛び交う抗争の方が、まだマシだ。
それに私は希望を捨ててない。
――おそらく、この道中が、私が逃げる最後のチャンスでしょうね……。
そう、自分を勇気づける。
エリオットはいるけど、今は徒歩。ご主人様もいないから、私は恐怖に足を取られて
いない。マフィア傘下の『館』に一歩でも足を踏み入れたら、もうダメだろう。
――だから連れて行かれる前に、逃げるんです!!
ご主人様という呪縛がなくても逃げられなくなったとき。
それは、ナノという少女の自我が崩壊するときでしょう。
だから私の最後のプライドが瓦解する前に、逃げなければいけないのです。
――たどりつく前に、逃げてやる……!
帽子屋屋敷から、歓楽街の最奥にある『館』までは、何時間帯もかかります。
ましてご主人様がいないのなら、私の恐怖だって半減する。
――だからきっと逃げられる!一人だって何とかしてみせます!!
私はずいぶん久しぶりに目に光を宿し、顔を上げる。
そして、こぶしを握り、道中の逃亡を硬く決意したのでした。

…………

××時間帯後。

大理石の床につけた素足が冷たい。どこの御殿かと思うような、数々の芸術品に
囲まれた広くてひんやりした、何かの部屋。
鼻腔をくすぐる不思議な香りは、媚薬か何かの成分が入ってるのでしょうか。
私は自分に向けられる視線から意識をそらそうと、ひたすら虚空を見る。
そして連絡が行ったのか、大きな扉が開いて、誰かが部屋に入ってきた。
「ナノ、もう服を着ていいってよ」
中に入ってきたのはエリオット。
私の様子を見ても何も言わず、普通に煙草を取り出しながら当たり前に笑う。
非情というわけではなく、単に私の心の悲鳴に気づかないだけみたい。
まあ、今は無表情ですし、ここまで普通についてきちゃったから、助けてほしい
なんて、思いもしないですか。そういえば、なんでエリオットに助けを求めるって
考えないで『館』まで大人しく来ちゃったんだろう、私。
「ナノ様」
たった今まで、私を調べていた年配の女性に声をかけられる。
「お風邪を引いてしまいます。お召し物を」
私は少し震える手で、機械めいた動きで下着から身につけていった。
ここがどこかって?説明したくもありませんわ。
……『館』の最奥部ですよ。
周囲には『館』のお偉いさんとか、何人かいらっしゃいますが、何か?
サングラスにこんな恐怖を覚えたのは初めてです。それくらい怖い人が多い。
今、この何か分からない、でも豪華な部屋には、『館』のお偉いさんが集まって
います。何せ彼らの総元締め、ボスの妻になる女性が『勉強』に来たから。
でも勉強する内容が内容なもんだから……その、私はいろいろ『身体検査』をされて
いたわけです。とりあえず、どんなものかを見て『教育方針』を決めるわけですな。
いちおう、それなりに配慮はしてくれ、エリオットはじめ使用人さんは下がらせて
くれたし、検査に立ち会う男性の数もギリギリまで減らしてくれたらしいです。
実際の検査も女性の方がやってくれました。
とはいえ、つまりは、身体を売る女性としての検査なわけです。
何かもう……もう、ね。限界まで貶められましたー、みたいな?
詳細を語るのは勘弁して下さい……とにかく、気分が悪いのです。


「お手伝いを」
震える私を見かねたのか、身体検査をした年配の女性が、着衣を手伝ってくれる。
「で、見立てはどうだ?」
煙草を吸いながら、平然とエリオットが言う。
すると、私を手伝っていた女性が、私の服のボタンをつけながら、
「結論から申し上げますと、大変な逸材です」
はあ、そうですか……え?
「だろうな」
エリオットは当たり前だ、という顔でうなずいている。
「でなきゃ、あのブラッドが夢中になったりしねえよ」
誰のことを話してるんですか。ご主人様が私に夢中?ご冗談を。
「容姿は失礼ながら平均の部類に入ります。ですが各バランスや関節の動き、反応の
良さや感度の高さは素晴らしい。多くの役持ちの方を虜にした理由が察せられます」
い、いえ、そこらへんの補正は、全て私が『余所者』だからだと思います。
何か余所者というだけで、あらゆる評価が向上するっぽいし。

つか、せっかく異世界に来たんだから、潜在能力が覚醒したいとは思ってましたが、
こっち方面で覚醒したくはなかった!

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