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■怒らせた話15

「ご苦労。服を着ていい」
「はい」
そして行為が終わり、私は身体を清め、服を身につける。
与えられた水を飲み、一息ついた。
「ソファに上がりなさい。私の膝に」
「はい」
私は言われたとおりソファに上がり、自分の頭を彼の膝に乗せる。
ブラッドは上から頬を撫でてきたり、髪をいじってきたりと何かと触れてくる。
私は止めこそしないけど、ちょっと顔をしかめる。するとブラッドは軽く笑い、
「私の子猫は機嫌が悪いようだな。なら今晩は私の仕事に同行しなさい」
「マフィアの抗争に混じって、マシンガンでも撃てと?」
「冗談が下手になったな。交渉ごとも上の仕事のうちだ。今夜は、ファミリー傘下の
組織がそろう、小規模な集まりがある。そのついでに、他勢力とも会談を行う」
まあ、いつものようなお飾りですか。あまり華のないお飾りで申し訳ないですが。
「行きたくありません。ここで寝てますよ」
ソファから動くのは面倒です。身体を丸めようとすると、
「……っ!」
首輪につながる鎖を引っ張られた。瞬時に首が圧迫され、苦痛に、一瞬で覚醒する。
そして目を開くと、目の前に氷のようなブラッドの瞳。
「来なさい」
「はい」
他にどう返答しろと。

私の生活は何もかも順調。健康状態も良い。
ただ、ソファで昼寝ばかりしているせいか、眠りは常に浅い。
たまに過呼吸になったり、びっしょり汗をかいて目が覚めたりする。
寝てばかりだから、身体がだらけてるんだろう。
あと寝相が変わりました。身体を丸め、ギュッと膝を抱え、そこに頭をうずめ、
全身を硬くして寝てしまう。
いつの間にか始まったこの寝方は、ブラッドにどれだけ愚痴られても治らない。
ただブラッドは愚痴りつつ、これに関しては何もお仕置きをしないので、私も身体を
丸める寝相のまま。寝相だから治しようがないんだろう。
もしかすると、私、前世はセンザンコウだったかもしれん。

…………

…………

ファミリーのパーティー会場は、どこまでも豪勢でした。
天井にはきらびやかな金のシャンデリア。生演奏が鳴り響き、テーブルには山海の
珍味が並んでいます。そして人々の笑いさざめく声。
ただし全員が組織の構成者、関係者。もちろん銃携帯。
私がブラッドの腕に腕を絡め、歩いていると、次から次に囲まれる。
「ボス、お久しぶりです。日頃はお世話に――」
「今後とも我が組織にお目をかけて――」
傘下の組織の人たちがそろう。つまりまあ、ご機嫌伺いの会場です。
私はまあ、ボスの装飾品みたいなもんですが、
「ナノ様も、いつにも増してお美しく――」
「まばゆいばかりの美しさに、私どもも遠くから見とれてしまい――」
お追従は私にも向けられます。ペットを褒めることで、飼い主の心象を良くすると
いうわけですな。なので私は返事をしません。おそらく向こうも返事なんて期待は
していないでしょう。ボスはご満悦です。
ちなみに私の格好。また胸元と肩、背中が大胆に開いたデザイン。あと毛皮。
ミンクさん、本当に本当にごめんなさい。動物愛護万歳。あと爪にはマニキュア。
でもデコってくれない。足にはギリギリのラインまでスリット。顔には芸能人かって
くらい厳重にメイク。唇真っ赤です。髪はストレート推奨なのか、我が髪ながら
絹のような手触りです。
そして高いとは言えない身長を、ピンヒールでごまかし、スラリと立てば、私でも
多少は見られないことはない感じになってます。
超平凡な私の外見を、ここまで盛るのにどれだけ金銭がかかったのやら。
「ナノ様、何か飲み物はいかがでしょう?
カシス、オレンジ、ネーブル、ラズベリー、野イチゴ……各種ドリンクそろって
おります。それともアイスクリームにいたしますか?」
使用人さんに言われも、私は返事をせず、向こうも一礼して去って行きます。
しかしなぜソフトドリンク推奨。いえ、お酒を勧められても困りますが。
あとヒールのせいで足が痛いですなあ。
「しっかりしなさい、ナノ。まだ挨拶が終わっていない」
「はい……」
ブラッドに言われ、渋々背筋を伸ばします。
へっぴり腰でも見せて、飼い主に恥をかかせるわけにいかない。
かといって、楽しいことがあるワケでもない。
――終わったら抱かれて泣かされて、また屋敷に戻ってつながれて……。
何も出来ず、ぼんやりと身体を丸めているだけ。
ブラッドが親切にしてくれたのは最初だけ。
本人いわく、私が完全に従順になれば、最高の贅沢をさせてくれるという。
でもどれだけ言うとおりにしていても、まだ調教が終わらないらしい。
――また痛いこととか、されるんですかね。
陰鬱な予感に、視線を落とす。
ブラッドが、他人を痛めつけるのを楽しんでいるとは思いたくない。
ただ、やると決めたら完璧にやる人だ。一切の慈悲は望めない。
――逃げられるんですかね。
と、久しぶりに思った。
人の多い会場だから逃げようと思えば、本当に逃げられるかもしれない。
でも、ヒールが高いから今回はダメかなあと思う。
――あ、でもヒールなんて捨てて逃げればいいんですか……。
どうも最近、思考力が落ちてきている気がする。
このまま私は、意志も気力も奪われ、心までペットになってしまうんだろうか。
――でも別にいいか。ブラッドも、考えない私の方が好きみたいだし。
本当に考えなくなったら、優しくしてくれるんだろうか。
ぼんやりそう思っていると、声がした。

「やあ、帽子屋!お招きに感謝するよ!ここのワインは実に美味だな!」
お追従ではない馴れ馴れしい物言いに、私はつい、そちらに目を向けた。
そして目を見開く。

「ナノ……っ!」
驚愕したような声は、さっきの声の主とは違う。

「よく来てくれた。マフィアごときの招待に応じてくれて光栄の至りだ」
息をのむ私の肩を無理矢理引き寄せ、ブラッドがわざとらしく言う。

ワイングラスを片手に持ったナイトメア。
そしてグレイ=リングマークが、目の前に立っていた。

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