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■迷いの鳥かご3

靴下を脱ぎ、素足を床につける。
最高品質の絨毯はふんわりと私の重みを受け止めてくれる。
けれど心は痛みと寒さで凍りついてしまいそうだった。
「それも取りなさい」
ブラッドは私に、容赦なく続きをうながす。
もう私の身体を覆う布地は……最も大事な部分を守る薄布一枚しかない。
私は両の手で、さして大きくもない胸を隠し、ソファに悠然ともたれる主に、懇願の
視線を送る。でもブラッドは、私の姿に表情を全く変えない。
「ナノ、風邪を引く。早くしなさい」
まるで聞き分けのない子供をさとすように言う。
奇跡的に、今このときまで誰も来ていない。
だけど、いつエリオットが『ブラッド!』と駆け込んできてもおかしくない。
「お願い……もう元の世界のことなんて言いませんから……」
「言うことを聞きなさい。君は私のものだ」
その声には、絶対的な響きがあった。ここでは彼が支配者。
私は自分を守るものを何一つ持たない余所者で、部屋を出ることさえ出来ない。
この身の震えは恐怖なのか憤りなのか。
私は自分の胸を隠していた両腕を下ろし、ゆっくりと腰の薄布を下げていく。
薄い茂みを見下ろし、目をそらす。
そして、そのまま片足ずつ上げて布を取り、床に落とした。
生まれたままの姿になった私は片手で胸、片手で下を隠し、ただ羞恥にうつむいた。
「両手を身体の横に」
ブラッドが冷酷に言う。
私は逆らうことも出来ず、言われたとおり、両手を脇につけた。
目を閉じても、彼の視線が私の上から下まで、眺めるのを感じる。

「来なさい」

「…………」
目を開け、人形のような動きで、一歩、また一歩と、私はブラッドに近づく。
元々病み上がりでもあり、やっとブラッドの前まで来たときは卒倒しそうだった。
いや、卒倒したかった。物語の令嬢なら、こんなとき恐怖に気を失うものだ。
でも私の意識は細部に至るまで明瞭で、遠のく気配もない。
そしてブラッドは両手の手袋を外して、言った。
「さあ、座りなさい、お嬢さん。さっきのように私の膝の上に」
「…………」
もう恐怖で頭が爆発しそうだ。だけど私は言われるまま、ブラッドに背を向け、
彼の膝の上に浅く浅く腰かけた。
「!!」
その瞬間に腰に腕が回され、引き寄せられる。

ブラッドの服の生地。トランプマークのカフスボタンが素肌に少し痛い。
そして私の顔に軽く手がかけられ、後ろを振り向かされる。
肩越しにブラッドと目が合った。私は目を閉じる。
そしてブラッドは私に唇を重ねた。

「ん……ふ……」
親愛の証しとして軽くキスをされたことはあるけど、そのキスは初めてだった。
強引に舌が唇の間から入り込む。ブラッドの舌が逃げる私の舌を追い、音をたてて
中を探った。冷たいと思っていた彼の肌はとても熱い。
私は息継ぎもままならず、ただいいように舌を弄ばれる。
「っ!!」
ふいにブラッドの手が、じかに私の胸に触れた。
男性に触れられることなど、もちろん初めてで私は身をよじって逃げようとした。
だけど別の手がしっかりと腰に回され、身動き一つ出来ない。
執拗なキスも続き、やっと解放されたとき、私は涙声だった。
「ぁ……やあ……ブラッド……っ」
けれど彼の大きな手は止まらず、私の胸の形を確かめるように、いやらしくなぞる。
私は限界まで真っ赤で、涙を浮かべている。ブラッドは、そんな私を怜悧に見据え
「君は素でそんな顔をするから怖い。君が自分の魅力を自覚していなくて良かった。
でなければ、帽子屋ファミリーは君一人のために危うくなったかもしれない」
「こんなときに……やめて……下さい……」
残酷な嘘はごめんだ。何とかこの場をしのいだら、帽子屋領を出て二度と戻らない。
私はそれだけを強く誓う。そんな内心が顔に出たのか、ブラッドはなおも私の胸を
愛撫しながら、
「君は自分のことを本当に知らないから困る。君との淫らな妄想にふける役持ちが、
一人や二人ではないことを、少しは自覚した方がいい。
君を得んがために、どれほどの陰謀が張り巡らされ、我々が水際で食い止めてきたか
知っているか?」
「そんな……」
ありえない。いくら何でも自惚れすぎだ。私はそんな小悪魔じゃない。
「君が弱みを見せてくれたからとはいえ、手中に出来た私は幸運だ……もう逃がさない」
本心から言ったのでは、と私が希望を持ってしまったほどブラッドのささやきは
独り言のようで、私の内に落ちて静かな波紋を描く。だけど、
「や……っ!ブラッド!そこはダメ……」
腰に回されていた方のブラッドの手が、肌をつたい下りていく。

私は必死に膝を閉じた。けれど分かっているかのように、ブラッドの指は入り口の
入り口あたりをくすぐるように撫でる。それだけなのに触れられた箇所がかぁっと
熱くなった。静かに胸に触れていた手が、ふいに形を変えるように強く揉みしだき、
その強さに、思わず私の喉から声が出た。
「ん……や……」
意識がそれたとき、こちらの膝の力がわずかに緩む。
その隙を逃さず、ブラッドの指が茂みに分け入った。

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