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■迷いの鳥かご1

※R18

夢主≠敬語夢主

ブラッドの部屋の扉の前で、私は立ち尽くしていた。
そんな私に、冷酷な声が告げられる。

「もう一度言う、脱ぎなさい」

ソファに腰かけたブラッドは、確かにそう言った。

…………

私はナノ。日本から来た、平凡な余所者の小娘。
ここはブラッドの私室で時間帯は昼間だ。
余所者である私は、このハートの国で帽子屋屋敷に住まわせてもらっていた。
そしてメイドのお仕事をときどき手伝いながら、流れる時を過ごしていた。
そのはずだった……。


扉一つ向こうでは、昼の陽光が、屋敷の中に淡く差し込んでいる。
だけどマフィアのボスは冷たく私を見ている。そして繰り返して言った。
「命令だ、ナノ。着ているものを全て脱ぎなさい。今ここで」
「嫌、嫌です……」
「なら、この部屋からは永久に出すことは出来ない。永久に、な」
彼はいつものように気だるげに言う。だからこそ本気だと分かる。
ブラッドはよく分からない力で屋敷を思い通りに出来る。
そして、屋敷に所属する私のことも。私は何とか逃げ道を探した。
「で、でも……今は昼間で……エリオットや屋敷のみんなは仕事をしていて……」
「関係ない。私が脱げと言ったら君は脱ぐんだ。他に選択肢はない」
「でも、でも……誰か入ってきたら……」
「人目を気にするだけの理性も君には必要ない。
例え誰かが来たとしても、君の姿を、あるいは『行為』を見て、即座に立ち去る。
見たものを口外することは決してない。それはエリオットも門番たちでも同じだ。
ここは私の屋敷、私はその主だ」
「…………っ!!」
例え人が来ようと構わない、という言葉に血の気が引いていく。
「でも……でも……」
私はなおも言いよどむ。すると、ブラッドが音を立ててソファから立ち上がった。
「っ!!」
私は扉を開けようとした。でもいくらノブを回しても、扉は固く閉ざされている。
「ナノ」
名を呼ばれ、ビクッとして、私は扉の前から本棚の方へ小走りに駆けた。
だからといって逃げられるわけでもない。
「…………」
ブラッドは靴音を立て、悠然と私に近づいてくる。
それが怖くて、気がつくと私は本棚の前で立ち尽くしていた。

爆発しそうに高鳴る心臓。
背中に触れて分かる、無情な本棚の硬さ。
ついにブラッドが、私の正面に立った。

なおも横に逃げようと身体を動かすと、大きな音がした。
驚いて顔を上げると、ブラッドが私の顔の両横に手をついたのだと分かった。

そして、ブラッドの片手がゆっくりと私の頬に触れる。
「脱ぎなさい。ナノ。君自身で、淑女の顔の下に秘めたものを見せてくれ」
「ブラッド……お願いです。私たちは友達じゃないですか……!」
声が震えていた。もしかしたら涙ぐんでいたかもしれない。
真っ昼間に、誰が来るか分からない場所で。
婚約しているわけでもない男の前で服を脱ぐなんて、そんな真似が出来るわけない。
「どうしてもって言うなら、ここから出て行きます……」
うつむいて肩を震わせる私に、ブラッドは悪魔のように優しくささやく。
「出て行けはしない。これは君が心の奥底で望んでいることだ。
……全ての選択肢を、奪われたいんだろう?」
そう言いながら、動く気配がない。
どうあっても、この状況を逃れる方法が考えつかない。
いや、あったとしてもきっと阻まれる。そんな気がする。
私はうつむき、震えていた。
どれくらい長くそうしていただろう。
それから私は指先をぶるぶるさせながら、シャツのボタンに手を伸ばした。

そして、こうなるに至った経緯を、思い出していた。

…………

それは少し前のこと。私は自分の部屋に伏せっていた。
いつもの悪い病気だ。
日本から来た私は、元の世界を、家族を捨て、異世界に残ることに決めた。
かといって、完全に屋敷の一員として溶け込んだわけでもない。
敬愛するボスにはマフィア入りを断られ、私は長期滞在の居候という、微妙な立場になった。
そんな私は、折に触れては自分を責めて責めて責めて責めて、寝食がおろそかになり
伏せってしまう。そのときも、まさにそんな状態だった。

でも屋敷にタダで置いてもらって元の世界が恋しいなんて、あまりにも勝手すぎる。
代わる代わる見舞いに来てくれるエリオットや双子、同僚たちには、ちょっと
疲れちゃっただけ、大丈夫ですよと笑う。
でも彼らがいなくなると布団を頭までかぶり、涙ぐむ。
用意された食事や、お見舞いの菓子には口をつけられず、夜になっても眠れない。
私は心身の苦痛に耐えながら、ただ嵐が過ぎるのを待っていた。
『お嬢さん、具合はどうだ?』
そんなとき、部屋の入り口に現れたのは、我らがボス、ブラッドだった。

激しい抗争で外出が続いていたらしいけど、私が衰弱しているとの話を聞き、尋常
ではない速さで抗争を収め、すぐさま駆けつけてくれたのだそうだ。
彼はベッド脇に座り、役立たずの私の髪を撫でてくれた。
『抱えているものがあるなら話しなさい。しゃべるだけで楽になることもある』
ブラッドは私のホームシックなどお見通しだった。

微笑む彼は頼もしく、不覚にも私は目を潤ませてしまった。
そして私はブラッドにだけ、元の世界の思い出を少しずつ話した。
ブラッドは適度に相づちを打ち、本当は興味がないだろうに『ほう?』『それで?』
と聞いてくれる。
そうしているうちに心が大分楽になっていることに気づいた。

私はブラッドと一緒に紅茶と菓子を食べ、楽しく時を過ごした。
最後にブラッドは、
『起き上がれるようになったら部屋に来なさい。客人の気分転換も家主の勤めだ』
と言ってくれた。
それが嬉しくて、私は元気になろうと、食事や睡眠を取るようにした。
そして歩けるまで回復すると、今まで遠慮をしていたボスの書斎に遊びに行った。

部屋への誘いは社交辞令ではないかと心配したけど、ブラッドは大歓迎してくれた。
安心した私は、頻繁に彼の書斎に通い、元の世界のことを打ち明けた。
優しく聞いてくれる彼は、マフィアのボスということを忘れさせるほど優しい笑顔を
見せてくれた。

でも風向きは唐突に変わった。

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