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■怒らせた話9

その4:庭で焚き火をする

そういうわけで、ブラッドにいただいた宝石を借金返済にあてる。
そんな最低なナノさんでした。

「本当に君は、なりふりかまわない子だな。そこまでここにいたいのか?」
鑑定を終えた宝石一式を、どこからか出したアタッシュケースにしまい、グレイは
ため息をついた。まあ、私も自覚しているので、何も言えず苦笑い。
「それじゃ、グレイ。いろいろどうも……」
おつとめも借金(一部)返済もすませた私は、ニコニコして、お見送りの体勢に入ります。
が……グレイは申し訳なさそうに笑い、
「ナノ。その、すまないが煙草を一本吸わせてもらってもいいだろうか」
うーむ。ちょっとソワソワしてます。長居する口実ではなく、本当に煙草が欲しい
ようです。塔まで持ちませんか?嗚呼、ヘビースモーカー。
無言で灰皿を取りに行く私でありました。

「はい。ココアをどうぞ」
「ありがとう、ナノ」
私は二人分のココアを、ソファの前のテーブルに置く。
グレイから少し離れて座ると、すかさずグレイが手を回してきて、引き寄せる。
「グレイ〜」
「そんな冷たいことを言わないでくれ」
咎めるように言ってみても、余計に抱き寄せられただけでした。
「安心しなさい。もう何もしないよ。何度も言っただろう?俺は君を愛している」
そう言って前髪にキスをされる。
……ツッコミを入れたい。猛烈にツッコミたいけど、墓穴を掘ることが確実なので、
血の涙を流してこらえる、我慢強いわたくしだった。
一方、グレイは切り替えが早いようで、喫煙の間も無駄にしなかった。
「それでナノ。煙草のついでに、君の店の防犯体制について話し合いたい。
俺からの提案なんだが家の外壁に……ナノ?」
私はグレイの肩にもたれていた……うう、ダメです。眠い。すごく眠い……。
先ほどからの、心身の疲れがたまってきたんでしょう。
だんだんウトウトしてきました……ダメ、寝ちゃダメ。
けど肩を抱くグレイが優しい声でささやく。
「大丈夫。ゆっくり眠るといい、ナノ。俺が戸締まりして帰るから」
あ、そうですか。それはどうも……ん?
――待て。『戸締まり』って、つまりグレイが合鍵を作成済みということでは……。
しかし、声に出して問いつめる前に、私はすでに夢の国に入場していました。


「んー……」
そして目が覚めると、外の時間帯は昼でした。
「グレイ?」
返事がない。気配もない。どうやら本当に帰ったらしい。
うーん、と伸びをして起き上がると、ベッドの上でした。
ソファから運んでいただいたみたいで、ご丁寧に寝間着に着替えさせられている。
「うう……」
頭が重い。けっこう長く眠っていたっぽいです。
同時に、寝るまでの経緯を思い出し、自己嫌悪に頭を抱える。
「珈琲、珈琲……お目覚め珈琲……♪」
寝間着から着替え、陰鬱に歌いながら、台所に向かう私だった。

そして台所で自分用の珈琲豆を漁っていたとき、とんでもないものを発見する。
「うわ……しまったっ!!」
戸棚の奥に、その『ブツ』を見つけ、背筋がぞわーっとした。
「ああああ〜高かったのに……」
ガックリしてくずおれる。そう、戸棚の奥には忘れられた珈琲豆があったんです。
時間帯が経ち、カビが繁殖していました。
それも一袋じゃない。ひい、ふう、みい……数えるの止めよう。
「ううう……」
小さいとは言え、カフェの店長が大失態だ。
とりあえずカビが他の無事な袋に移らないよう、急いで全部出してゴミ袋につめる。
そして重いゴミ袋を持ち、扉まで移動して……
「あ。グレイったら、忘れていきましたね」
例のドレスのゴミ袋が、まだそこに置いてありました。捨てるように頼んだのに。
まあ補佐官殿は色々忙しいから、特に意味は無く、普通に忘れたんでしょう。
「はてさて。全部ゴミ置き場まで持っていくと重いなあ」
そもそも中身を見られたら恥ずかしいし……と、腕組みしていると、

非常ベルの音が、鼓膜を破らんばかりに、けたたましく鳴り響いた。

「え!?ええ!?」
あまりのうるささに、耳を押さえる。どうやら、この家のすぐ外が源らしい。
――でも、こ、この店に非常ベルなんかつけてましたっけ!?
混乱していると、耳の痛くなる音を割って、顔なしさんの声が聞こえてきました。
『あの……すみ……ん。ナノ様!!』
私に”様”をつける輩に、ろくな手合いはいない。
『私は帽子屋……ミリーから派遣された……………………で、ボスのご命令により、
お嬢さまの………をして…………のご準備を………ので、お願いですから開け……』
細かいところは聞き取れない。
しかしナノさんにはお見通しです。
またブラッドが、私を屋敷に連れ去ろうというのですね。
そうは問屋が卸すまい。絶対に開けるもんですか。
耳を押さえたまま動かないでいると、それさえ通す必死な声が、
『お願いです、ナノ様……もうすぐ……開演の……』
懇願、そしてドンドンと扉を叩く音。
――ん?『開演』?
そして私の視界の隅に見える、(元)ドレス。
――ドレス……宝石……開演……あ……そういえば……。
と、何かを思いだしかけたとき。バタバタと複数の足音が聞こえた。
そして非常ベルを切り裂く大きな声で、
『警備隊の者だ!帽子屋ファミリーの手下が、中立地帯に何の用だ!』
クローバーの塔の職員さんの声だ。そしてカチッと音がして、やっとベルが止む。
『お、おまえたちこそ何の用だ!私は帽子屋ファミリーのボスの命令で……』
『マフィアの脅しは、ここでは通じない!この地区は夢魔ナイトメア様の管轄だ!
白昼堂々、余所者の少女の拉致監禁とはいい度胸だな!』
あ、なるほど、グレイが防犯ベルを取り付けてくれたんですね。うるさかったけど。
『ち、違う!私はナノ様をさらいに来たのでは無い!
ナノ様にお話を聞けば分かる!お嬢さまの同意あってのことで……!』
取り押さえられたらしい手下さんの必死な声。私はもちろんすぐに扉に、
「その人は、私とは縁もゆかりもない人ですよ。連れてってくださーい」
『お、お嬢さまあぁー!!』
顔なしさんの悲鳴。そして勝ち誇った感じの職員さんが、
『ほら、ナノさんもそう言ってるんだ。続きは塔で聞く!』
『さっさと行くぞ!……ナノさん、何かあったら塔に連絡して下さいね!』
以前、塔に住んでいたこともあって、職員さんたちは私に親身です。
「ありがとうございますー。ナイトメアによろしく言っておいてくださいー!」
と、扉のこちら側から、騒々しい音が遠ざかるのを聞いていました。

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