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■怒らせた話7

その3:学習しない

シャワーを浴びたグレイは、髪を拭きながら出て来た。
「グレイ。そのゴミ袋、帰りにどこかに捨ててきて下さいね」
先にお湯をいただいた私は、冷たくゴミ袋を指差した。
中にはもはや返品不可能、それどころか着ることもかなわなくなった、プレゼントの
ドレスが入っている。
「…………」
ゴミ袋をチラッと見たグレイは、タオルを置く。
そしてスーツを着て、ネクタイをしめながら、
「ああ、もちろんだ。それと支度をしなさい、ナノ」
「は?したくをするって……?」
「店を移転する支度だ。これからは塔に住みなさい」
またその話ですか、と私は内心うんざりする。
「お気持ちはありがたいのですが、私はここが……」
「ありがたいと思うのなら、引っ越しなさい。店なら塔でも出来る」
うわ、言質を取られた。けどグレイは、さっきまでの空気から一転、お説教モードに
入ってしまったようです。
「こんな場所を君に紹介したのは、俺の重大な間違いだった。
君も君だ。今の生活が本当にいいと思っているのか?
マフィアの妨害を受け、食うや食わずの生活で、乱れた異性関係を持ち――」
以下略。お説教が延々と続きます。
反論しても余計に怒られるだけなので、私は拷問に耐え、拝聴しました。

余所者が一人で暮らしているのは良くない。
それは私ごときに愛をささやいて下さる皆さんの、一致した意見です。
余所者は好かれる。つまり、野に放たれた羊状態なわけなんですね。
でもまあ羊は羊で、荒野にいたい理由があるんです。

「君のためだ。あくまで抵抗するのなら、勝手に連れて行く。さあ……」
「止めて下さい、グレイ!」
こちらに伸ばされる手をはらう。
「きれいな理由をつけてますけど、結局、私を自分の物にしたいだけでしょう!?」
……え、ええと。調子こいててすみません。
で、でもグレイだって、やることやっといて、お説教とか、ちょっとね……。
すみません。やっぱり調子こいてますね、私。本当、すみません。
案の定、グレイの目もスッと薄くなる。あああ、部屋の温度がどんどん下がって!
「なら君が納得出来る理由をつければいいか?
それなら、いくらでもある。まず借金の問題だ。この店の建設および維持運営に、
クローバーの塔が多大な寄与をしていると、まさか君が忘れたとは思いたくない」
「わ、忘れてませんよ。でも、それとこれとは……」
お金の話を出されると弱い。
「なら、君の負債の総計は分かるか?」
「…………い、いえ」
グレイはあくまで無表情で、
「それなら喜んで教えてあげよう。金額は――」
「っ!!」

言われた額に、さすがに目を見ひらきました。
ぜいたくをしてるワケでもない、かつかつの生活なのに何だってそんな額に……。
「信じられないか?裏帳簿になるが、証拠を見せてもいい」
「い。いえいえいえ!いいです!」
グレイが嘘をつくとは思えない。
「そして今後、一切の融資をしないことも可能だ」
グレイは後じさる私の方に一歩踏み出す。そして爬虫類の冷たい瞳で、
「抗争が多く、塔の財政も潤っているわけではない。
利益の出ない場所から、出資を削るのは当たり前のことだ。
『余所者の少女の保護』という人道的理由が絡んでいれば、なおさらだろう」
うう。こう理詰めで来られると、私は反論の言葉につまる。
「でも、その、グレイ……借金はいつか返しますから、どうかここに……」
「猶予が欲しいなら、わずかなりとも借金を返しなさい。
放漫経営は見過ごせないし、君も毎回、身体で払うのは不本意だろう」
や、ヤバイ……グレイの目が本気です。
でも、でもこの店にお金なんてどこにも……。
「返せないのなら、塔で今後のことについて、ゆっくり話そう……俺の部屋で」
「グレイっ!!」
手首をつかまれ、今度こそ青ざめる。つかむ力は強く、小娘には振りはらえない。
私が意固地なので、グレイを怒らせたみたいです。
「さあ行くぞ、ナノ」
強引に私を引きずるグレイ。テーブルを乱暴に蹴飛ばし、ズカズカと扉に向かう。
そのとき。

「ナノさーん。お届け物です」

顔なしさんの声が響きました。

…………

…………

場所は再びブラッドの部屋。
「それで私から贈ったドレスでトカゲを誘惑し、贈った宝石をトカゲに貢いだと」
「貢いでませんよ。届いた宝石を返品して、借金の一部返済にあてたんですよ」
それで返品明細書と『借金の一部の』完済証書である。
「同じことだ!!」
怒鳴られました。殴られるかとも思いましたが、ブラッドは私を睨んだだけ。
「なら借金のカタに、グレイの物になる方が良かったんですか?……つっ!」
手首をしばる鎖を揺らされ、足下が危うくなってうめく。
ブラッドはほぼ全裸に近い私を見すえ、
「君の学習しないところはそこだ。奴に何度言いくるめられた!
そもそも、表沙汰に出来ないから『裏』帳簿と言うんだ。
そんなものは、最初から踏み倒してしまえばいい」
「い、いえ。それはマフィアの考え方でしょう。表だろうと裏だろうと、私のために
捻出していただいたお金ですよ。――――の大金ですよ?返さないわけには……」
グレイに教えられた金額を告げると、ブラッドは軽蔑したように私をみる。
「君はその帳簿をしっかりと見るべきだった。子細な項目はどうなっていた。
一つ一つの借金は本当に正当なものだったのか?」

「え……」
意外なことを言われ、目を見ひらく。だ、だってグレイだもの。
私に間違った額を教えるなんて、そんなことあるはずが……。
「我々帽子屋ファミリーは君と店の動向を監視している。
だが私たちが試算する借金の額は、トカゲが告げた額より、もっと控えめな金額だ」
「……へ?」
「恐らく、不要な借金の加算に加え、かなりの高利をかけられている。
数字に弱いと思って、足下を見られたな」
……裏帳簿で作る借金など、闇金も同様。貸し手の好きにし放題、ですか。
――グレイ〜〜!!
彼が昔、遊び人だったという事実を、よくよく忘れる私です。
歯がみする私を、ブラッドは哀れむように見下ろし、
「何度痛い目を見ても学習しない子だ。
なりふり構わぬ金策に走り、それで墓穴を掘る。
借金など私に言えば、その時間帯のうちにでも返してやるというのに……」
そう言って、私の最後の一枚を力任せに引きちぎった。
隠そうにも隠せない下半身を、あらわにされる。

「本当に、愚かしすぎて私を怒らせる子だ……!」

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