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■怒らせた話4

グレイは、私の店の建設に関する恩人だ。
開店時から今に至るまで、資金から経営指南から、多大な援助をして下さる。
アレな上司が生産する激務をこなし、その合間を縫って何かと会いに来てくれる。
……ブラッドとは違い、無下に出来ない。

今回もあまり時間がないのか、グレイはとっとと私をベッドに運び、ベッドサイドに
腰かける。私は膝に乗せられる格好だった。
そして私を膝に乗せたまま、グレイは後ろから、こちらの服のボタンを外し始めた。
――はあああ……。
どうせ力じゃかなわない。もう好きにさせて、さっさと追い払うしかない。
私は観念して抵抗を止めた。
「ナノ……」
私の力が抜けたからだろう。グレイも私を押さえる力を緩めた。
「ん……」
顔を向けさせられ、肩ごしのキス。間近に見るグレイの端正な顔。
だけど、その爬虫類の目には、疲労の色が濃い。
「ん……」
促されるまま、身体を動かしグレイの方を向く格好になる。
肩に手を回し、キスをした。最初は触れるだけ。そのうち深いキスを、何度も。
その間に、グレイは私の服のボタンを外し、手を中に忍ばせてきた。
「――っ!」
硬い指先が私の胸をかすめると、それだけで甘い声が漏れた。
「ん……や……っ」
前をはだけられ、肌着の下に手を入れられ、愛撫される。
彼の手の動きに合わせ、肌着が動くのが見え、何だか少し恥ずかしい。
――私って、本当に×××ですよね……。
恋人でも何でもない人にセクハラをされ、それでも感じてしまう自分が浅ましい。
でも雌の本能にあらがえず、みっともなく抱きつき、首筋のトカゲさんをなめた。

「ナノ……っ」
くすぐったそうなグレイの声は、少しホッとしているようだった。
マフィアのボスとは違い、彼は完全な拒否に弱い。
金銭的、精神的な弱みにつけ込んで、弱い立場の少女と関係を結ぼうなど、彼の方法
ではない。でも正しい関係になろうにも、私がグレイを意識出来ない。
ため息をつく私に、
「忘れよう、ナノ。今は互いに溺れればいい」
見透かしたような言葉は、彼が自分に向けたものであったかもしれない。
そして、グレイが私を押し倒す。


「ん……」
キスを受けながら、私もグレイのコートに触れ、抱きしめる。そのとき、
「ナノ、あれは何だ?」
グレイがふと素の声を出し、身を起こした。
視線の先には、例の非日常的なドレスがあった。
私はドキッとする。
「ああ。あれはその、ちょっと……」
何とか言い訳しようとはしたけど、どう見ても私の収入で買えるものではない。
しかも、かたわらに薔薇の花束まで置いてある。
「帽子屋か。相変わらずキザな男だ」
メッセージカードの帽子マークを見たのか、忌々しげに舌打ちするグレイ。
そして、私を一度解放すると、ベッドから下りて靴を履く。
早足でテーブルまで行くと、乱暴に箱の包装を剥がした。
あああ!せっかく返品出来るように戻したのに包装紙がびりびりに!!
そしてグレイは、ドレスをぐいっと箱から引き出した。
あ、ああ!そんなに乱暴につかむと繊維が!シワが!
グレイはドレスを前から後ろから子細に眺め、ブツブツと論評する。
「また露出の多い、悪趣味なドレスだ。
ナノにはもっと控えめなものが似合うのに……」
「あの……グレイ……?」
ベッドに中途半端なまま放置され、私は困った。
もしや、やる気がなくなって、今回は解散というオチなんでしょうか。
それならそれでいいんですが、そうなら早く帰ってくれませんかね。
でもグレイはニヤリと笑う。そしてドレスを持ったままこちらに歩いてきた。
「ナノ。いいことを考えた」
「…………」
その爬虫類の笑みには、いやーな予感しかしませんでした。


……予想通り、グレイの要求はドレスの着用でした。
私は抵抗したけど、最終的に逆らえず、渋々ドレスを着用しました。

「本当に、露出の多いドレスですね……」
確かにきれいだし、華やかだし、生地も最高級品。
フワッと広がるすそは、波のよう。きらめく真珠は星の輝き。
……しかしまあ、肩と背中がかなり大胆に露出している。
前だって、ギリギリ胸を隠す程度まで肌が出ている。
上品と露出趣味の境界を追求したような、着る人を選ぶドレスだ。
「悔しいが帽子屋の見立てには感服する」
ドレスをけなしていたグレイは、ドレスを着た私を見て、意見を変えたようだ。
「君以外の女性が着れば、そういった『職業』の女にしか見えないだろうな。
だが君は素朴で清楚だ。だからこそ、華やいだドレスが美しさを引き出すのだろう」
……それらしいことを言ってるけど、要は私に華がなさすぎて、露出度の高い服を
着ても、全然『らしく』見えないってことでは?清楚ってのも絶対違うし。
あと、ブラッドはそこまで考えてないと思う。
単に露出度の高い服を着せて、恥ずかしがらせたいだけだと思うけどなあ……。

グレイは意外にも、ドレスの私が気に入ったみたいだ。
「ああ、一周回って見てくれ。やっぱりきれいだ……ああ。今度は逆回りに」
何だか一人ファッションショー。
「あの、グレイ。そろそろ脱ぎますね。何だか落ちつきませんし……」
私は適当なところで脱ごうとした。だけど、
「いいや、そのままでいい」
「――っ!!」
ハッと気づいたときは、手を引かれ、グレイの腕の中にいた。

「グ、グレイ……ん……!」
そのまま顔を上げさせられ、キスされる。
しかし……グレイの瞳に何だか邪悪な色が混じり始めていた。
「帽子屋もさぞ悔しいだろうな。自分が脱がせようと思ったドレスを、他の男が
脱がせていると知ったら」
一人で言って、一人で愉快そうに笑う。
そして、私はグレイに両腕でお姫様抱っこされていた。
――ちょっと待て……ちょっとグレイ!!
さすがにグレイの意図するところに気づき、あわてた。

「グレイ、止めて下さい、こんなの、ダメです……!!」
「ナノ……」
ベッドに下ろされ、両脇にグレイが腕をつく。
私はもがき、グレイの腕の中から逃げようとした。
でもすかさず両腕を押さえられ、身動きが出来なくなる。

非日常の私に接したグレイは、常識も自制心も、どこかに置き忘れたようだった。

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