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■怒らせた話3

はい、回想シーン終了。
場所は戻って、帽子屋屋敷のブラッドの部屋です。

私は両手首を縛られ、鎖で吊り上げられながら、冷や汗をダラダラ流している。
「い、いえですね。公演を忘れたこと自体は申し訳無かったですよ!!
でも!でもですね!私だって生活で忙しいんですって!」
いや、本当に忙しくってさあ!!
役持ちは店の前で銃撃戦をするわ、店が終われば忍び込もうとするわ。
それを追い払っても、売上金だの仕入れだのに頭を悩まされるわ……。
「マフィアのボスも大変でしょうけど、こっちは優雅に紅茶を飲んで部下の報告を
待ってればいいって身分じゃないんですよ。だからですねえ……」

ビリッと音がした。

「え、えーと……」
何を使ったのか、早すぎて見えなかった。
ブラッドの手元を見たとき、すでに彼は武器をしまった後だった。
まあ、その、何ですか。
私の上着が、襟元からお腹のあたりまで引き裂かれ……素肌が見えています。
一歩間違えば、私の身体に真っ赤なラインが一本出来てましたよ!!

破れた服をブラッドが左右にバッとはだける。
そして、隠す物のない胸が顕わになって、彼の目に晒された。
「ブラッド……っ!」
屈辱的な格好をさせられ、怒りと羞恥に顔が赤くなる。
だけどブラッドの顔に笑みはない。
「それは認めよう。最近は君の店も繁盛しているようで、何よりだ。
商売に忙殺され、約束を違えることもあるだろう。だが、それだけではない……」
「何を……ん……っ」
こちらに伸ばされた手が胸に触れる。慣れた愛撫に身体は敏感に反応する。
「ブラッド……ゃ……」
反応し始めた胸に、舌をゆっくりと這わせ、ブラッドは言う。
「思い出さなかったのか?観劇用のドレスが届いたときだ……」

「……あー……」

あのときですか……タイミングが悪かった。と言っていいのかどうか。

その2:浮気

またさかのぼって、×××時間帯前のこと。
ブラッドにチケットを渡され、それをさっさと忘れた少し後のことだ。

「……なんですか?これ」
私はプレハブ小屋で首をかしげた。
見るからに高そうなものが届けられた。
店に送られたその箱は、大きくて、中身を崩さないよう厳重な包装がしてあった。
あと、オマケか何か知らないけど、大輪の薔薇の花束までついている。
メッセージカードには帽子のマークのみ。
とはいえ、それで送り主が分かったわけですが。

ガサガサとリボンをほどいて箱を開け、私は、喜びより呆れで声をあげました。
「……ブラッド。また変なプレゼントなんかしてきて。
舞踏会でもないのに、こんな派手なドレス。どうしろって言うんですか」
真珠をあしらったローズピンクの華やかなドレス。
感嘆の声を上げたのは一瞬だけ。
その後は四苦八苦し、ドレスにシワ一つつけないよう、箱に戻し、封をした。
受け取るわけにはいかない。
――いかないですが、ブラッドは何で私にいきなり……。
「あれ?……そういえば、ブラッドと何か約束していたような――」

と、ドレスを贈られた心あたりを思い出しかけたとき。

「ん?」
私は振り向いた。ノックの音がしたのだ。

「はいはい、どちらさまですか?」
『心あたり』はノックの音で霧散してしまった。
もしや、さっきのドレスは誤送でした?と、ほんのり期待しつつ、扉に向かう。
そして扉を開けたとき、
「ナノ。久しぶりだな。やっと仕事が片づいたから、君に会いに来たんだ」
トカゲのタトゥーが首筋に見える。
塔の補佐官、グレイ=リングマークでした。


「ゲ……っ!」
「斬新なあいさつをありがとう、ナノ。さ、君の恋人を入れてくれ」
その優しい笑顔と誠実味のある声。
……だがしかし!あなたは私の恋人でも何でもございません!!
入られる前に、私は光速で扉を閉めようとした。
「さようなら、グレイ!!ナノは居留守ですっ!!」
が、敵もさるもの。閉める寸前に、ご自慢のナイフが扉の間に差し込まれる。
「君の微妙な冗談は毎回とても面白いよ。もっと聞かせてほしい」
「ぐぬ……っ!!」
憐れみあふるる言葉をいただき、渾身の力で扉を閉めようとした。
けれど、か弱い小娘と、手練れの短剣使いの差は歴然。
「ナノ。お邪魔するよ」
汗を流すこちらと対照的に、あくまで平素の表情で、グレイは扉をこじ開け、中に
入ってきました。本当に邪魔だ、あなた!!
「あ、あああっ!グ、グレイ!不法侵入ですよ!
女の子の家に、許可無く入っちゃいけないんですよ!」
もはや扉は放棄し、奥に逃げこみながら叫――
「さ、ナノ。鬼ごっこは終わりだ。俺と別の遊びをしよう」
「……っ!!」
ど、どう動いたんですか。足音も気配もなかった!
私はトカゲのような素早い動きに背後を捕らえられた。
そしてナイフ装備とは思えない腕力で後ろから抱え上げられる。
「ん……」
煙草の匂いを感じたかと思うと、髪にキスされた!!
「グレイ……っ!!」
不法侵入の上、セクハラですよ。
「ナノ……」
でもグレイは聞いちゃいねえ。
私をいとおしそうに抱きしめ、首筋に顔をうずめる。うう、くすぐったい……。
「ねえグレイ。あなたは領主ナイトメア=ゴッドシャルクの懐刀であり、誇り高き
塔の補佐官です。まさかそれが、女の子の家に不法侵入し、合意もなく、好き勝手を
するなんて外道な真似、しませんよね?」
猫のごとく抱えられたまま、無駄と知りつつ、いちおう良心に訴えてみる。
そしてグレイのフッと笑う声。
「ああ。もちろん責任は取る。いい加減、俺の部屋に引っ越してもいい頃だ」

……だから、この世界の連中は何で、どいつもこいつも人の話を聞かないのかと。


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