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■怒らせた話1

ナノ:長編1夢主(長編1知識不要)。
設定:敬語。珈琲&紅茶はプロ級の腕前。学習しない子。

…………

頭から水をかけられ、目を開けた。

「――っ!?」
混乱して、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
ええと……?
見えるのは薄暗い室内。私は両足を床について立っている。でも身体が動かせない。
そして目の前にいるのは……。

「少し乱暴な目覚めにさせてしまったようだな。お嬢さん」

「……ブラッド!?」
それは私の宿敵(?)、ブラッド=デュプレの声だった。
そして私はやっと、自分の置かれた状況を把握した。
「ブラッド!これはどういうつもりなんですか!?」
そう。これから拷問にでもかける気かという状況だった。
今、私がいるのはブラッドの私室。どうも、また連れ去られたらしい。
私は部屋のすみの壁に、両手首を鎖で縛り上げられ、固定されていた。
下はどうにか足がつくといった程度。
ちょっと苦しい体勢だ。長時間続くと、きっと辛い。

ブラッドは私を冷たく見すえている。
あの奇妙な帽子と上着を脱ぎ、前ボタンを外したシャツ姿だ。
だけど目は、氷のようなまなざしだった。
私への何らかの愛情は、そこには一片も見いだせない。
あれか?これはあれですか?ついに私に飽きた?

…………

説明が遅れましたが私はナノ。日本から来た余所者の女の子です。
クローバーの塔の近くのプレハブ小屋に居住しています。
普段は屋台で一人、珈琲や紅茶、ココアを淹れ、細々と生計を立てています。

さて私は、自分で言うのも何ですが、この世界の特権階級『役持ち』から求愛を受ける身分です。
……むろん、私が絶世の美少女とか賢女というワケではありません。
むしろ根っからヘタレで頭も悪く、容姿は平凡。総合して平均以下。
好かれる理由は、ただ一つ『余所者だから』。
しかし、モテたところで、取り立てて気になる男性がいるわけでなし。
かといって、元の世界でやっていける能力があるわけでもなし。
よって今のところ、私は役持ちの方から逃げ回りつつ、いつか皆さんに飽きられ、平穏が
訪れる時を夢見て、お店を頑張っているのです。頑張っていたのですが……。


場面は戻ってブラッドの部屋。私を冷淡に見すえるブラッドは言った。
「君は、私を怒らせたようだな、ナノ」

「…………」
アレか。かわいさ余って憎さ百倍。執着薄れて殺意に転じる。
いつか飽きられることを望んでいたけど、拷問の果てに路地裏に捨てられたいわけ
じゃなかったんですが。
でも、もがけど、両手を釣り上げる鎖がガチャガチャ鳴るだけ。困りましたねー。
そんな私の悪あがきを冷淡に見ながらブラッドは言う。

「ナノ。君は、本当にこうされることに心当たりがないというのか?」

と、私の目の前に何かをぶちまけた。
「は?」
え?私に飽きて……とかじゃないんですか?
あなたとは、常と変わらないおつきあいをしてたでしょうが。
と、ブラッドがぶちまけた物を見ると。

――???何すか?これ。
一枚目。何かの『公演チケット』。
二枚目。『返品明細書』と書かれた紙。
三枚目。『完済証書』と書かれた紙。
それと、何かブザーのような部品。
「全て君のボロ屋から持ってきたものだ。
まだあと一つあるが、それはおぞましすぎて、持ち込むに耐えなかった」
――はあ?
何なんですか。これ。こんなもん、わざわざプレハブから持ってきて、ブラッドは
何のつもりなんですか?
ブラッドは、イマイチ反応の薄い私を見、
「これを見て何も思い出せないのなら、君はいよいよ××になったようだな」
ブラッドは床に落ちたチケットをグシャッと踏みつぶし、声を震わせた。
ああ、もったいない!高そうなチケットを……ん?チケット?

「あ……ああああ!!」

そして私は思い出しました。

…………

その1:鳥あたま

それは、さかのぼること×××時間帯前。
場所はクローバーの塔近くの私の屋台です。
お客はマフィアのボス、お一人でございました。

「……だから言ってるじゃないですか。
何度言われたところで、帽子屋屋敷には住みませんって」
茶葉をブレンドしながら、私はうんざりして言う。
「これでも、君の意思を尊重し、譲歩してるつもりなのだがね。
君を拉致して鎖につなぎ、半永久的に閉じ込めることも出来る」
屋台備え付けの安っぽいベンチに座り、ブラッドは恐ろしいことを言った。
貴族のように優雅に微笑み、私の紅茶を飲みながら。
「脅してるおつもりですか?私を閉じ込めたいなら、どうぞ。
でもその代わり、あなたに紅茶を淹れることは、二度とありませんけどね」
計算した角度から茶葉に湯を注ぎ、私は低く応える。
すると、私の答えを予想していたように、ブラッドは笑った。
「その通り。私は君を欲しているが、それは『君』と『紅茶の腕』に対してだ。
どちらかを切り捨てることは望まない。君の身体も紅茶の腕も、どちらも欲しい」

……昼間の路上で、何を言ってるんだ、この人は。

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