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■猫と手錠と鎖3

「ナノ、あーんして」
「……あーん」
利き手が自由なのか、器用に両利きなのか。
ボリスはフォークを自在に操り、一本の垂れもなくクルクル巻いたパスタを、私の
口に入れてくれる。もぐもぐ。おお、シーフードスパゲッティはデリシャス!!
「美味しい?良かった。白ワインが隠し味なんだよね」
「ええと、全部、横で見てたから知ってる……」
嬉しそうなチェシャ猫に、若干冷めた私。手錠は相変わらずつながっている。
「というか、よく片手だけで料理が出来るよね」
あれには感心した。さすがに手錠は外してくれるだろうというもくろみは外れ、
何とボリスは手錠をしたままパスタ料理を仕上げてしまったのだ。
「ナノが俺の片手になってくれただろ?息ピッタリだったよね」
まあ手錠をされてる手で材料を押さえることも出来たし。
言われた調味料を手渡したり、パスタのゆで加減をチェックしたり。
とはいえ、通常の三倍強の時間がかかったことは記憶すべきであろう。
「面白かっただろ?すぐ慣れるよ!」
いや、こんな手錠生活、慣れたくもありませんが。
この遊びにいつ飽きてくれるかなあ……。

…………

「ボリス、そろそろお風呂に入りたいんだけど……」
食後のこと。ソファでボリスを弄りつつ弄られつつ、ボソッと言うと、
「そっか!じゃ、お風呂に行こうか!」
事もなげに言われた。
――え?
まさかこの期に及んで手錠を外す気ゼロ?
どうするの?アレとかコレとか。
ボリスは一番の友達だと思うけど、異性として意識したことはない。
いや、そもそも意識しようがするまいが、友達に手錠や鎖をつける時点で……。
「ほら、ナノのために一番いいお風呂につなげたよ」
一人悶々としている間に、ボリスはどこかに空間をつなげたらしい。
いつのまにか目の前に扉があって、開いていた。
「あ、それはどうも……て、え!?」
押されるように扉をくぐり、目を見ひらく。

吹き渡る夕涼みの風、巣に戻る鳥さん達。衣服に触れる鎖すら冷たい錯覚。
……温泉なんて、この国にあったんだ。
「いやいやいや!!」
「大丈夫だって!ここは誰も来ないよ。一度ナノと来たかったんだ」
否定の声だけで察してくれるチェシャ猫。
そ、そりゃ確かに視界の悪い夕暮れだし、街の明かりもずいぶん遠い。
でも、だからといって異性の友達と二人で混浴なんて……。
「それじゃ、脱ごっか」
「あ、ああ、うん……て、どうやって?」
下はともかく、上着は手錠を外さないと脱げませんがな。
もしかして、それを口実にやっと手錠遊びを止めてくれるかなーと期待してると。
「だから、ごめんね。ナノ」
ボリスはどこからか取り出した。
……ナイフを。
いつのことでありましょうか、ネズミを切り刻む目的で使用していたあの、たいそう
鋭いナイフを……。
「じゃ、危ないから動かないで。いいよね?」
良くない。絶対に良くない。
しかしボリスはどこまでも楽しそうに、こちらの服にナイフを……。

…………

時間帯は夕刻が続く。一切の手入れがされていない自然の温泉にも関わらず、湯は
葉っぱやゴミ一つ見当たらない、きれいな乳白色。
もちろん湯温もちょうど良い。さすが不思議の国!
「でも、ありえない……。絶対にありえない」
「ナノ。気持ち良いだろ!ちょっと二人で泳いでみない?」
「突っ込むべき点が違うのは重々承知している。でもありえない。
ネズミ解体用とはいえ、食べ物用ナイフで服を切るとか……」
これは真剣に議論せねばなるまい。
「ナノー!」
「どわっ!!」
耳元で怒鳴られ、湯に顔を突っ込むところだった。
振り向くと、間近でボリスが不満そうに私の鎖を引っ張っている。
「せっかく鎖でつないだのに、俺以外のことを考えないでよ。
ナイフなんかどうでもいいだろ?」
えー。ボリスの持ち物について脳内会合を開くのもダメなんだ。
あの珍妙……ボリスらしいスーツも議題に取り上げたかったんだけど。
「ナノ、俺を見てよ」
「!!」
ボリスが利き手の腕をこちらに回してくる。
「ボ、ボリス……」
猫だから親愛の表現で腕を回されることは多々あった。
でも、今は、その……お互いに、ええと……下着以外、着てない。
透明なお湯じゃないからいいだろうと、と妙な押し切られ方をして脱がされた。
猛烈に懇願して、最後の一枚だけは身につけているけど、何やかんやで、こちらの
上半身は何もつけていない。いや、首輪と鎖、もちろん手錠は外してくんなかった。
あと、お湯が乳白色だから胸は見えないけど、鎖の先をたどると胸の谷間まで……。
「何か、胸の谷間を鎖が通るのって、いやらしいよね」
「っ!!」
思っていたことをズバリ言われ、ドキッとする。ていうかボリスは自分の首輪とか
鎖とか全部取って温泉につかってるのに何で私だけ……。
「ナノ……」
「っ!!」
手錠をはめた方のボリスの手が、こちらの腿に乗せられ、そっと撫でる。
悪さするように、尻尾が下着の後ろをなぞり、尻尾の先のアクセサリーが触れた。
――で、出よう!すぐ出よう!!
もう友達のレベルじゃない。いやそれ以前から立派なセクハラだ。
「俺を見てよ、ナノ」
「――っ」
でも抗議の声を出す前に、ボリスに熱っぽくささやかれ、ドキッとする。
ボリスの方を向くと、金の瞳が私をじっと見ていた。
温泉の熱で上気した肌。じゃらじゃらしたアクセサリーが取り去られ、ほんの少し
だけ普通の猫……じゃない、普通っぽく見えるボリス。
――ボリス……。
なぜだろう。魅入られたみたいに目が離せなかった。


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