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■猫と手錠と鎖1

※夢主≠長編夢主

森の木々の向こうは青空だ。
――んー。いい天気。遊園地もきっとお客さんでいっぱいに……。
と、そこで思い出す。
ここはクローバーの国。
別の場所にある遊園地が、同じ天気だとは限らない。
私は木の幹にもたれて座り、呆けたように空を見上げていた。
そんな私に話しかける、どピンクの猫さんがいた。

「でさ、ナノ!そのネズミが面白いんだぜ!俺がまず尻尾を切ろうとしたら、
ものすごく飛び上がってすっごくハデに転んでさあ!
で、服のすそに足をひっかけて転んで!!ナノにも見せたかったぜー!!」
その様子を思い出したのか、私の膝の上で笑い転げる。私はあまり反応しない。
「ナノも一緒にネズミを追いかけようぜ!すっごく楽しいんだから!」
「……前向きに検討しとく」
食物連鎖にツッコミは入れるまい。
「ああ、ナノ〜、すげーいい匂い……」
薄い反応にボリスは気にしない。
正座する私の膝の上で、ゴロゴロしながら、楽しそうに話し続ける。
「…………」
私は誘惑に屈し、猫さんの敏感なお耳を撫でる。
でもボリスは嫌がるどころか、ますます嬉しそうに顔をこすりつけてきた。

私はナノ。不思議の国にやってきた日本人の女の子。
異世界に来た私は遊園地に滞在し、楽しくやっていた。
だけど……引っ越しで遊園地から弾かれた。
その後、ボリスに見つけられた私は、住まいとアルバイトを紹介してもらった。
とはいっても、急な引っ越しはヘタレな私には精神的な打撃が強すぎた。
おつとめはごく短時間にしてもらい、あとは森で木にもたれ、ボーッとしていた。
……何て根性のない。
まあ、いつもボリスが私をかまいにくるんだけど。
でも、引っ越しについては本当に落ち込んだ。
何が悪かったのかな。そりゃ、私はいや決して気の利く従業員じゃなかったけど、
何か問題があるのなら言ってくれれば……いや、言いにくいよね。こういうすぐに
落ち込むネガティブな奴には……あああああ!自分で自分がウザすぎる!!
「ナノ、ナノ?」
「え?あ、ごめん!ボリス!!」
ハッとした。自己嫌悪に浸っていると、ボリスに話しかけられた。
でも私の膝に頭を乗っけるボリスは気を悪くした感じじゃなかった。
目をイタズラっぽくキラキラさせ、
「ナノ。話してるのが退屈なら、俺とお魚釣りに行く?
あんた、ずっと森で座ってるだけだもんね」
うわ、グッサリ来た!
「それともクジラの背中に乗って二人で空中デートしようか?」
――で、デート……?
ドキッとする。ちょっと頬が赤くなったかも。
い、いやいやいや!。ボリスは外見からピンクだし、女の子には誰にでも、あんな
ことを言ってるんだろう。第一、遊園地にいたときは何もなかったし。何、自分、
キモい勘違いをしていますか。ボリスはただ私を元気づけようとしてくれたのに。
ああ、自意識過剰の自分が痛すぎる。ボリスだって、どうせ私のことはどうとも……
「ナノーっ!!」
「うわっ!!」
耳元で怒鳴られ、ビクッとする。
いつの間にかボリスは私の膝の上から起き上がり、隣に座って私の肩を抱いていた。
あ、ボリスの手が胸に当たりそう。うわ、ギリギリだ。
「また、よく分からない理由で落ち込んでる?」
「は、はい……」
「俺といるときは落ち込むのは禁止だよ!何か嫌なことがあるなら俺に話して」
「……うん」
そう。私は余所者以前に、ネガティブすぎてすぐに落ち込む。超絶マイナス思考。
このクソうっとうしい性格は、元の世界から変わらない。
異世界に来た当初から、かまってくれていたボリスは、そんな私に慣れている。
「あんたって、遊園地の頃から変わらないよな。すーぐ、盛り下がるんだから」
「……っ」
『遊園地』という単語に顔が強ばるのが分かる。
心が急速にしめっぽくなり、涙が出そうになる。
「ちょ……っ!ナノ!わ、悪かったよ!
そこまで遊園地が大好きなんて思わなかったんだ!」
ボリスが慌てて私に、友達の抱擁をしてくれる。ああ、ぬっくい。
「あ、笑った。良かった」
チェシャ猫がホッとしたように頭を撫でてくれた。
私もぎこちなく笑いながら思う。
ボリスには本当にお世話になっている。遊園地からはぐれ、森で途方に暮れている
私を見つけ、何かと面倒を見てくれて……ああああ、子どもっていう歳でもないのに
友達に多大なご迷惑を!!ボリスは歳も近いのに堂々としてるのに!!
いやいや、そのボリスも今は笑ってくれてるけど、実は内心迷惑がってるんじゃない
かしら。暗い内面は早急に表に出たらしい。
「ちょっ!ナノ!さっきまで笑ってたのに何でまた落ち込むんだよ!
落ち込むの禁止って言っただろ!あんたの中で毎回、何が起こってるのさ!!」
が、罪の意識を感じる私は肩を落とし、フラフラと立ち上がる。
「ごめんなさい、ボリス。ちょっとハロー〇ーク行ってくるね……」
「は、はあ!?ていうか、いきなり何なの、そのハロー何とかって!!」
「世の中には……知らない方が幸せなこともあるのですよ……」
「……ナノ。遠い目でどこを見てるのさ」
何か怯えた風味のボリスであった。


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