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■店を改装した話9

「そろそろ寝よっか。扉をつなぐのは起きてからにしようよ」
「はい」
そう言われ、ソファに座っていた私はようやく安堵する。
でもボリスは、テーブルの皿を見て、
「ナノ、もっと食べていいんだよ?ていうか全然口をつけてないじゃない」
「もう大丈夫なんです。ありがとう、ボリス」
ボリスはあちこちから集めたらしい食べ物をどっさり出してくれた。
でも私はどうしても受けつけず、何口か食べるのが精一杯だった。
「じゃ、ベッドに行こうよ」
ボリスが立ち上がり、私はハッと身体を強ばらせる。
気づかれなかったかとボリスをうかがうと、しっかり気づいたようだった。
尻尾を振りながら顔に出さないようにしている。
私は慣れない部屋にいるせいかずっと緊張していて、ボリスが何か動作をするたび、
ビクッと身体を縮こまらせていた。
するとボリスは少しかがんで私に視線を合わせる。
「見下ろされるの、怖い?」
「いいえ。何でボリスが怖いんですか?」
「そう?それならいいんだけど」
そう言って、私の手を引っぱってベッドに連れて行く。
私はちょっと安心した。ボリスはベッドに飛び乗る。
「よっと。ほら、ナノ」
「はい」
よじよじとベッドに上がり、ボリスの隣に横になる。
――あと少し、がんばらないと……。
自分の身体に気合いを入れ、ボリスがキスなり触るなりするのを待つ。
でもいつまで経っても何もない。
「……ボリス?」
「何?」
チェシャ猫をうかがうと、ひじをついて私を見ていた。
「ええと……その……」
言い出しにくくて、もじもじしていると、
「ああ、これ?」
「!」
ばさっとチェシャ猫のファーがかぶせられた。
「ん……」
違うんですがと思いながら、顔をうずめる。
ふっかふか。
何だか、だんだん安心してきた。
――だめ、ボリスに、お礼しないと……それで終わったらブラッドの……。
それきり、私は眠りの世界に落ちていった。

…………
「――はっ!」
目を開けてぎょっとした。ボリスがいない。どこにもいない。
というか、ボリスと何もせず寝てしまった。
「た、大変です……」
と起き上がろうとすると、
「あたた……」
身体が痛くてくずおれる。何だか長いこと眠っていた気もする。
――そういえば、変な夢を見ましたね。
ナイトメアが遊びに連れて行ってくれた。
『グレイのことは心配ない。帽子屋とも話し合っている。こちらは大丈夫だ』
と言っていたような……。
「ナイトメアの夢?それとも本物の夢ですか?」
分からない。とりあえずベッドからよろよろと起き上がると、
「ナノ、やっと起きた!」
扉を開けてボリスが元気に走ってきた。
「大丈夫?何か欲しい物とか食べたい物とかある?」
喉をゴロゴロ鳴らしながらすり寄ってくる。
お耳を触るとパタパタ逃げるのが楽しい。
「あのー、ボリス。私、どのくらい眠ってました?」
「ええとね……」
ボリスの答えを聞いて絶句する。
身体が痛いわけだ。そんな長時間帯、爆睡してたなんて。
「た、大変です。本当に」
これだけ長いことブラッドに会わないことは無かった。
「ボリス、すぐ帽子屋屋敷につなげてください。お礼はしますから……!」
そう言うと、ボリスは慌てる私をしばらく見て言った。

「ナノ。時計屋さんのところにつなげてあげようか?」

「――っ!!」

かすれる声でボリスに聞く。
「……どうし、て……」
「ナノがずっとうなされてたから。何度も何度も時計屋さんを呼んでさ」
私はベッドに腰かけたまま、手をぎゅっと握る。
ボリスはその隣に座り、肩を抱いた。
「馬鹿ネズミにも話を聞いたよ。ナノ、騎士さんにもひどいことされたんだろ?
ブラッドさんとは最悪みたいだし、トカゲさんとも上手くいってないって言うし」
「そう、かもしれないです」
「なら逃げちゃえばいいじゃない、そうしなよ」
「…………」
手が膝の上を落ち着きなくさまよう。
「本当に……つなげて、くれるんですか?」
「ああ、大丈夫。必ず時計屋さんのところに送ってあげるからさ!」
「ボリス……」
心の中に明るい光が差したようだった。
私は言葉に出来ず、チェシャ猫を見る。
何でここまでしてくれるんだろう。
「チェシャ猫にとってはなんてことないよ。それにナノは友達なんだから」
「本当にありがとうございます……本当に……」
「そうだよ。ブラッドさんやトカゲさんなんか気にしないでさ。
ナノは自分が居たいところにいればいいんだ」
ボリスの言葉に何度もうなずく。涙がボロボロこぼれた。
「ほら、泣かないでよ。大げさだな」
ボリスがあわてて私の涙をなめる。
そのうちに何となく二人で視線が合う。
そして、どちらともなく唇を重ねていた。

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