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■たのしいおにごっこ4

「はあ、はあ……」
息を切らして街を走る。後から追いかけてくるのは恐ろしい鬼どもだ。

「ナノ!逃げるのは止めてくれ!クローバーの塔は君の味方だ!」
「ダルい……私は歩いて行くから、ナノを捕まえておけ」
「まかせろ、ブラッド!おい、ガキども、先回りしろ!」
「エース君!少しはナノの逃げる努力を分かって、ゆっくり追いかけなさい!」
「でもそれじゃ、帽子屋さんたちに先回りされちゃうぜ?あははは!」
ううう、奴ら、本当に遊び半分だ。でも、しょせん自分は一般市民。しかも決して
運動神経がよろしいとは言えない。かといって立ち止まったら×××展開一直線だ。
役持ちをかわしながら必死で逃げた。

…………

追い回されすぎ、もうどこを走っているのか分からない。
「…………」
汗びっしょり、へとへとだ。走りすぎて頭と脇腹が痛い。
心臓が爆発しそうで、走っているつもりで景色は全然動いてない。
と、道の先に大きな二つの影が立ちふさがった。
「お姉さん!見つけた!逃げても無駄だよ」
「うわあ、汗だくで可哀相。早く帰って、みんなでお風呂に入ろう」
笑顔でこちらに手を伸ばす。
えー、お風呂はちょっと……やっぱりベッドがいいのですが……。
と、ノリツッコミを狙いたくとも息切れして言葉が出ない。
そして、HPも0になった私が、双子の前に崩れ落ちようとしたとき、
『っ!!』
ディーとダムが鮮やかな動きで地面から跳躍する。
直後、彼らの立っていた石畳に銃弾が叩きこまれた。
かたわらに着地し、双子はすぐさま斧を構えて言った。
「どういうつもり?僕らはお姉さんを連れて行くんだからね」
「友達でも、容赦する気はないよ?」
そして軽業師のように三回転し、舞い降りる影が一つ。
「ボリス!」
チェシャ猫ボリスはフワッとこちらに笑い、
「ナノ!助けに来たよ!」
「呼んでいませんが!」
しかし賢い猫は続きを用意していた。
「でも俺が一番お得だよ?森なら役持ちは二人しかいないし、馬鹿ネズミなんかに
順番は回さないからね」
「…………」
考えてません、考えてませんよー。
私の尊厳に関すること。損得で物を考えたりしてませんよー?
「ちゅう……ひどいよボリス!俺だってナノが大好きなのに……」
おずおずと後ろから主張する眠りネズミさん。
オドオドしてるけど怖い子だ。最終的には森も××展開なんだろうなあ。
「まあいいさ。うっとうしいネズミにトドメをさすのもいいかもね!」
「ボリス!今回は手加減しないよ!」
「何、手加減って。2対1で勝った気になってる?」
「えと2対1って……にゃんこ。俺もいるけど……」
すでに三つの影が動いている。ボリスは嬉々として銃を撃ち、双子も斧をふるう。
頭上を銃弾がかすめ、ピアスの悲鳴が聞こえた。
「…………」
私は少しその場で息を整え、さっさと横道に逃げ出した。
とにかく、逃げられるならどこでもいいや。

…………

路地裏を必死で逃げる。しかし悪霊のごとく追いかける影が複数。
距離はあっという間に縮まり、もう捕まる寸前だった。
「ナノ!空を飛ぶ私にかなうと思っているのか!」
「思ってますよ!近寄らないで下さい!」
自分が有利なときだけ余裕な夢魔。
彼に怒鳴り、私はクルッと真後ろのグレイに向き直る。
「グレイ……ナイトメアを呼んだということは、まさか上司の『初めて』を、私で
すます気ですか!?」
私を追っていたグレイは、走行を緩めながら言葉をにごす。
「え……い、いや、それは……帽子屋たちを追いかえすために……」
よく分からないけど、エリオットやブラッドはどうにか退けたらしい。
まあブラッドのことだから、動くのが面倒で引き上げたのかもしれないけど。
そして追いかける体勢だったグレイに、気まずそうに目をそらされる。
「いや、だが、その……ゲームのルールで決まったことではあるし……」
高位の階級なら結婚前に『経験』させておくのはよくある話。むろん、私への重大な
侮辱であり、顔も険しくなってしまう。グレイは本当にすまなそうに、
「決してそういうわけでは……ただナイトメア様も女性を知っていい頃だ。
もちろん、責任を取って俺はちゃんと君と結婚するつもりで……」
「いえ上司と女を共有しつつ、責任を取って結婚って、矛盾してません?」
微妙に倒錯に入りかけというか、マニアックな×××映画みたいだなあ……。
「グレイ!責任を取るなら私だろう!!ナノ!私だって君を大事にする!
……大事にするから二人とも『初めて』という決めつけは止めてくれ」
宙に浮く夢魔に悲しげな顔で訴えられる。
『……すみません』
何かグレイと声がハモる。
ツッコミを入れたいけど、じゃあ初めてじゃないのかと聞いて……否定されてでも
したら、この場にいる全員がいろいろ居たたまれない。
そうこう行っているうちに、グレイが私に手を伸ばす。
「そういうわけだ。ナノ、覚悟してくれ!」
「ナノ!大丈夫だ。私たちは決してひどくはしないから!」
グレイはもちろん、本気になった夢魔もなかなか脅威だ。
私は足がもつれそうになりながら、必死になって叫ぶ。
「グレイ!ナイトメア!止めてっ!!」
そして有能な補佐官と、宙を自在に滑る夢魔に囚われようとしたとき、

「おっと!そうは行かないぜ!!」
フッと浮いた感覚がしたかと思うと、視線がぐるんと宙を回り、そして衝撃。
「エース!!」
どうやらエースが私をかっさらい、横抱きにしジャンプ。
私を抱えたまま、膝を折って着地したらしい。

こちらを見る塔の主従二人は、トンビに油揚げをさらわれた顔だ。
けど補佐官殿より、騎士は早かった。
「行くぜ、ナノ!舌を噛まないように気をつけてくれよ!」
エースは間髪入れず走り出す。後ろからは、
「ナノを奪われた上、初めてとか言われて悲しい。血を吐きそうだ……」
「ナイトメア様!今はそんなことに傷ついてる場合じゃ……くそっ!騎士っ!!」
上司が足手まといになり、グレイは追いかけられない。
そして私はエースに横抱きにされ、猛スピードで路地の奥へと連れられていった。

…………

「ふう。もういいかな。少し休もうぜ、ナノ」
でまあ、ふいにエースに下ろされたかと思うと突き飛ばされる。
「!!」
うう、転んだ!ひどい!汚れた地面が痛い。
「よっと!」
「エースっ!!」
そして背中から押さえつけられ、足の間に騎士の足がしっかりと入り込んだ。
「あ、あの……」
場所は路地裏。泣いてもわめいても誰も出てきやしねえ。
「もういいです……お好きにどうぞ」
役持ち連中に追い回され、疲れ果てて、逃げる気力もない私はすっかりやさぐれて、
地面に肘をついてむっつり。そんな不機嫌な私の首筋に、口づけながら騎士は言う。
「なあナノ、こういうときって、もっとそそる反応してほしいんだけど」
「……や、止めて下さい!触らないで!……こんな感じですか?」
棒読みで言ってやる。
コラ。膝で人の股間を刺激するな。あと上からお尻を撫で回すな。

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