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■たのしいおにごっこ1

さて、こんにちは。私はナノです。
日本から不思議の国やってきた、ごく普通(以下)の女の子です。
ダメダメすぎて元の世界から捨てられ、不思議の国でアレとかコレとかエロとか
いろいろあって、現在、クローバーの塔近くで一人暮らしをしています。

マフィアのボスや騎士の魔の手、塔の補佐官殿の求愛を逃れ、紅茶や珈琲を淹れる
という、ドリンクバーみたいなものをやっています。
売り上げは…………聞かないで下さい。

…………

いい天気の昼間だった。
そのとき、クローバーの塔近くのプレハブ小屋で私は休んでいた。
で、街で行われるアイロン大会の、深海部門に参加しようか迷ってる最中だった。

「うーん、ボンベ一式は誰かにお借りするとして、問題は参加人数ですね。
出来れば人数部門も狙いたいですし……ユリウスに声かけたら来てくれますかね」
プレハブ小屋のボロテーブルの前で、私は楽しい悩みに頭を抱える。
そのとき、電話の音がした。瞬間、ビシッと私の背筋が伸びる。
私は瞬時に営業スマイルを作り、三コール前に受話器を取る。
そして、いない相手に頭を下げながら、コールセンターの人みたいな声で、
「お電話ありがとうございます!ただいまアラビカ珈琲二割引セール実地中!
『銃とそよかぜ』店長のナノでございます!」
『おまえ……なんか営業トークが板についてきたな』
電話の向こうから、聞き慣れた陰気な声がする。
「ユリウス!」
私はパッと顔を明るくし、
「ちょうど良かった!お暇でしたら、私と深海でアイロンがけしませんか!?」
……電話の向こうの沈黙はずいぶんと長かった。
『……おまえ、疲れているのか?』
私は上機嫌で、
「そんなことないですよ。高山部門の方がライバルが多いんです。
水深二百メートルで余所者と時計屋がアイロンがけなんて、話題になりますよ!」
『い、いや、それは確かに話題になるだろうが……いや違う!そうではない!』
ユリウスの声があまりにも切羽詰まっていたので、私はびっくりして黙る。

『ナノ、よく聞け!今すぐ店から逃げろ!
おまえの扱いについて各領土が極秘裏に話し合い、大変なことが決まったんだ!』

「へ?まさか皆さんでアイロンがけに参加して下さるんですか?」
『するか!というか、さっきから何なんだ、アイロン、アイロンと!!』
「もちろんエクストリームアイロニングですよ。過酷な環境でアイロンがけをすると
いう、オリンピックの公式種目、最有力候補で……」
『何がもちろんだ!……いやもういい。時間が惜しい!』
うーむ。ツッコミどころが多すぎて逆に外すパターンか。受け狙いも楽じゃないな。
ちなみにエクストリームアイロンがけは、実在するスポーツ競技でございます。
冗談ではなくマジでオリンピック公式種目入りを狙っているそうな。
「で、私に関して何が決まったんです?ユリウス」
首をかしげて受話器を握る。次にその向こうから聞こえた返事は、私のジョークを
地平線の彼方まで吹き飛ばす能力を持っていた。

『各領土の役持ちがおまえを追いかける。そして最終的におまえを領土に引き込んだ
役持ち全員が、おまえを好きにする権利を有するという決定だ』

「………………は?」

数秒のうちに、冷静どころかパニックになっていた。
「ちょ、な、何でいきなりそんな!私の権利は!私のお店は!
どうやってアイロン大会に参加しろって言うんですか!」
『落ち着けナノ、というかアイロンネタは捨てろ!』
「いえいえ、もう少し引っ張るのが、最近のコントの流行でして……!」
『何で電話でおまえとコントを……い、いや、もうどうでもいい!』
ユリウス、カルシウム足りてないなあ。で、一気に私にまくしたてる。
『ここでは個人の生命や権利など無いも同然だと、おまえも知っているだろう!
余所者も同じこと。いつ割れてもおかしくなかった氷が砕けただけだ!』
うーむ、薄氷の上の自由。嗚呼、無法地帯。まあ教えてくれて助かった。
「ありがとうございます、ユリウス。では私は皆のほとぼりが冷めるまで、どこかに
隠れてアイロンがけをしてますね」
『い、いや!おまえは私の作業場に匿うから、とにかく来い!
というか、いい加減、その下らないネタから離れろ!』
どんなときにもツッコミを忘れない優しいあなたが好き。
とはいえ、一刻の猶予もならない。
下手すれば一時間帯後には、役持ちどもに好きにされるという、どピンク展開だ。
「よしっ!」
ナノさん、両手を叩いて戦闘開始だ。
ユリウスなら私に手を出さず、ずっと守ってくれるはず。
「役持ちの好きにされるわけには行かないですね。特に帽子屋のボスとか!」
「ほう、そこまで嫌われているとは、実に嬉しいことだ」
……真後ろから声がした。

私に異様な執着を持つ男、帽子屋ブラッド=デュプレの声が。

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