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■店を改装した話8

そこはずいぶんと変わった部屋だった。旗だの銃だの、男の子の部屋だ。
「ボリスの部屋ですか?」
「ん?そうだよ。まあ、隠れ家の一つで……」
「ボリスー、ナノを返してよー」
扉の向こうからはピアスの悲しそうな声が聞こえる。
ボリスは舌打ちすると私の身体からシーツを剥がした。
外気に肌が晒され、冷えた汗と体液がひんやりとする。
そしてボリスは汚そうにシーツを扉の向こうに放るとバタンと閉める。
それと同時にピアスの嘆く声も聞こえなくなった。
「さてと、ナノ」
残ったのはボリスの部屋とその主のチェシャ猫、一糸まとわず、未だに白濁したもの
を身体から垂らし、床に座る自分。
――すぐにボリスと寝なきゃいけないんでしょうか……。
でも下はもう疲れた。ピアスにずっとつきあわされ、もうしたくない。
「ボ、ボリス、あの、口でいいですか?」
恐る恐る聞いてみた。
「ナノ……」
見下ろすチェシャ猫の目が怖くて息を呑む。
「あ、も、もちろん下も大丈夫ですよ?で、でもネズミさんの後だから、どうかな
って思って……ええと、ベッドは、汚れますよね。私、床で大丈夫ですから……」

「ナノ、いいからっ!!」

怒鳴られ、怒らせたと恐ろしくなる。
「ご、ごめんなさい、ボリス。ごめんなさい、ごめんなさい……」
すっかり縮こまり、馬鹿みたいに何度も何度も繰り返しているとボリス笑う。
そして、どこからかボトルを取り出し、
「喉が渇いたって、さっき言ってたよね。これ、きれいな水で……」
最後まで聞かずにボトルをひったくると一気にそれを煽る。
水を欲していた身体が水分を吸収し、もっともっとと欲しがった。
ごくごくごくと喉が鳴り、一心不乱に飲み続けた。
「もう大丈夫?」
三本ほど空にしたところで、ようやく我に返った。
「ええと、ボリス、ごめんなさい。その、あ、ありがとうございます……」
おどおどと上目遣いをすると
「いいから。じゃあお風呂に入ろう」
ああ、シャワーを浴びられる、とちょっとホッとした。
「身体をきれいにしますね。ベッドでは期待してますよ、ボリス」
微笑むと、ボリスが悲しそうな目で私を見た気がした。

風呂でボリスは私に指一本触れず、代わりに傷やアザについて聞いてきた。
ボリスは、私が役持ちにひどいことをされたと思ったらしいけどそれは違う。
誰も私にひどいことはしていない。私が弱いだけだ。
「これは、グレイから逃げようとして転んじゃって……ええと、こっちはブラッドを
怒らせたとき、ちょっとお仕置きされて……手首のはエースに……背中のは森で
エースやピアスにされたとき小石とかで傷がついちゃって……本当にドジで……」
笑って見せるけど、チェシャ猫は話すほど無口になる。
何もしないのは、私が汚れすぎて、触るのも汚らわしいからだろうか。
――…………。
修理をしていた誰かの後ろ姿が浮かぶ。あの人も色んな人たちに嫌われていた。
でも、今はいない。
私は念入りに念入りに洗う。
でも洗っても洗ってもきれいにならない。
「ナノ。身体がふやけるよ、もう十分きれいになったって。出よう」
優しく言われ、出るよう促される。
結局ボリスは一度も私に触れてこなかった。
「これ、着て。あんたの店から持ってきたんだ」
差し出されたのは私の服だった。
お礼を言って着る。
そういえば、長いこと留守にしてるけど、お店はどうなったんだろう。
グレイは、ブラッドは私の不在をどう思っているのか。
背筋が寒くなる。そろそろ機嫌をうかがいに行かないと、何をされるか分からない。
「あ、あの、ボリス。ありがとうございます」
「いいよ、友達だからね」
ピンクの猫さんは優しい。
「え、ええと、そ、それで、お、お礼を、させていただきたい、んです」
なぜか舌がもつれる。自分が言ったことがボリスの機嫌を損ねないか怖くて仕方がない。
「何もしなくていいよ。お礼目当てに助けたんじゃないんだから」
絶対に嘘だ。でもどう誘っていいか分からず、
「ええと、あと、私、帰らないと」
「うん、いいよ。ナノの好きにしなよ。何なら扉をつなげてあげようか?」
そう言われてやっと安堵する。ボリスは今すぐにでも扉をつなげてくれそうだ。
「良かった。ならブラッドのところにお願いします」
私の返事はボリスには意外だったようだ。
「え……店じゃなくて?それに、よりにもよってブラッドさん?」
「お店だと、物を盗られたり壊されたりするから。それに最近顔を見せてないから、
ブラッドも機嫌が悪いと思いますし……」
するとボリスは手を下ろす。
「ね、ねえ。今、外は昼なんだよ?ブラッドさんは寝てると思うし、トカゲさんの
ところにしたら?」
「グレイのところに行ったら、多分二度と出してもらえないと思います。
私は、どうしても店を続けたいですから……」
ハートの城は論外。最初の目的地だったけど、エースに会ってからなぜか行く気が
なくなった。彼の本拠には絶対に行きたくない。
「ボリス。早くブラッドのところにつなげてください。私、行かないと。
ブラッドが怒って、ひどいことをしたら……店を壊したら……」
だんだん声に焦りが混じる。暑くもないのに額に汗が浮き、手がぶるぶる震える。
「あのさ、ナノ。まず、ご飯にしようよ。疲れてるだろ?」
『ご飯』という言葉に私はピタッと止まる。
「……はい」
するとボリスがやっと笑った。さっきから怖い顔だったからホッとする。
「じゃあ、ソファに座って待ってて!俺、たくさん持ってくるから!」
ピンクのファーを翻し、ボリスは走っていった。

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