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■恐ろしい勘違いをした話1

※夢主≠長編夢主


ユリウスが変だと思う。
いや、変なのは元からなんだけど、最近は特にそうだ。

…………

時計塔の窓の外は、爽やかな青空だ。
でも家主は、こんな陽気に散歩に出るでもなく、黙々と仕事に取り組んでいる。
彼に珈琲を出し終えた私は、いつもの習慣でユリウスの隣に座った。
小さく椅子がきしむ。あとは彼のつむぐ時計の音しかしない。
機械油の匂いに、風の音。
静かだ。そしてこの上なく幸せだ。

小さく開けた窓から入る風が、私の髪を揺らす。
私はニコニコ微笑んで、彼の仕事を見ている。
そして魔法のような彼の仕事を、いつまでも眺めていた。

…………

私はユリウスが好き。いつからか彼に恋をしている。

でもユリウスは、こちらが心配になるくらい色事に縁がない。
たまに出かけるけど、香水の匂いをつけて帰ってきたことなんて一度も無い。
それが嬉しく、同時に不安でもある。
彼はそういうことに興味がない人なんだろう
だから気づかれない恋でいいと思っている。
下手に告白して壊れるより、今のまま居心地の良い関係のままでいたい。

私は幸せに微笑み、彼だけを見ている。
そして、ふと違和感を抱く。
「…………」
あれ?気のせいかな、ユリウスが横目で私を見たような……。

「……っ」

じっと見ていると、ユリウスの手元が狂った。ネジが小さく転がる。
彼らしくない失敗だ。
「ユリウス?」
ついに声を出した。ユリウスがなぜかビクッとする。
「何かしようか?」
私は首をかしげ、微笑む。
彼の役に立てるなら嬉しい。珈琲でも肩もみでも何でもしたい。
するとユリウスはバッと顔を上げ、私を睨みつけてきた。
「ナノ……っ」
「え?」
な、何?彼の顔が赤い。手元がぶるぶる震えている。こ、これは、病気?
必死で私に助けを求めている!?
「待ってて」
席を立ち、身をひるがえし、薬箱を取りに行こうとした。
「おい、どこに行く!」
「っ!!」
後ろから手首をつかまれ、すっころぶところだった。たたらを踏みつつ振り返る。
あれ……?手が震えてたはずなのに握力が強い。心配しすぎだった?
「質問に答えろ!どこに行こうとしたんだ!」
ユリウスが私の行動を気にするなんて珍しい。
いつもは、用事で席を立っても、扉を閉めるときまで気づかない人なのに。
「ユリウスの調子が悪いかと思って、薬箱を取りに……」
「い、いや。おまえのような女に心配されるほどではない!」
つっけんどんな返事が戻る。彼にはよくあることなので、こちらもうなずく。
よく分からないけど、恋する彼に大事ないなら何よりだ。
「良かった」
微笑む。するとユリウスはなぜかギョッとしたように私を見、顔をそらした。
おかしい。やはり顔が赤い。いや、さっきより紅潮しているような……。
「あの……」
検温を申し出ていいんだろうか。
でも彼は返事をしない。代わりにこちらの手首をやっと離し、ギシッと音を立てて
椅子に座る。そして、その後は無言で仕事に戻ってしまった。
私の方は一度も見ない。
……何だったんだろう。
私も椅子に戻って座った。
つかまれた手首をさりげなく見ると、強くつかまれたせいで赤くなっていた。
やはり何かおかしい。何だろう。
……ハッ!もしかして!

ユリウスは顔が真っ赤になるほど私に激怒、もしくは明確な殺意を抱いている!?

「……っ!」
何てこと。そこまでユリウスに迷惑をかけていたなんて。
どうしよう、どうしよう。追い出されちゃう?撃たれちゃう?
そんなのは嫌だ。せめて思いを伝えてから追い出されるなり撃たれるなりしたい。
「ユリウス!」
混乱しながら声をかけると、ユリウスは即座に顔を上げる。
「な、何だ……?」
戸惑いながらも、さっきのような鋭い目で私を見る。
「何かあったのか?」
「あ、あ……あの、私、私……」
「ナノ……」
私たち二人は強く見つめ合い、私はユリウスへの告白の言葉を……

「ユリウス!ナノ!久しぶりだなあっ!」
爽快な声とともに、扉が開いた。

…………

「いやあ!悪いな!78時間帯も遅れちゃってさあ!」
室内は一気ににぎやかになる。でもエースが来てくれてとても助かった。
ユリウスから私に放たれる強烈な(多分)殺意が半減したからだ。
「遅い!何で今頃来た!大体おまえという奴は……!」
「あはははは!」
いつものやりとりだけど、ユリウスの怒りは深いのか、いつも以上にエースに怒鳴り
散らしている。そして、やはり私をチラチラ見る。
困った。何でそんなに私を気にするのかな。どうしよう。
エースの登場で、私の心も少し落ち着いた。
さっきの状況で出かけた勇気は心の奥底に静まり、私はまた気の弱い小娘に戻って
しまった。ユリウスの私への(多分)怒りの原因を知ることが怖い。
――だ、ダメダメ。そんなことじゃ。
恋する人の挙動から真実を探らないと。
私はじっと親友二人を見る。

「ユリウス、ユリウス!」
「ベタベタするな!気色悪い!」
ユリウスにまとわりつき、乱暴なスキンシップをするエース。
それを嫌そうに受けながら怒鳴りつけるユリウス。
そして、こちらの視線が気になる、という感じで私をチラチラと……。

「――っ!!」

私の脳天に雷鳴がとどろいた。

――何てこと……!この二人は……この二人は……!!

衝撃でそれ以上、言葉に出来ない。
いや、してはならない。
家主のプライベートだもの。愛に性別の垣根は無し。
それに、これでようやくユリウスの私への(多分)怒りの原因が分かった。
私が塔にずっといて、始終つきまとっていては、恋人に会うどころではない。
こうして会っても、互いにじゃれ、私に『出て行ってくれ』とアイコンタクトを
送るくらいが精一杯。私は……私は何て気づかいのない女!!

「ユリウス!出かけてくる!」
さっきの比ではない勢いで、彼らに背を向け、走り出す。
「え……?お、おい!」
「ナノ?どうしたんだよ。一緒に珈琲を飲もうぜ」
二人が声をかけてくれるけど、私は申し訳無さでいっぱいだ。
「お構いなく!今まで気づかなくてごめんなさい!!」
「は?何を言ってるんだ?おまえは」
「あははは!えーとナノ、何か勘違いしてない?」
楽しそうな、ツッコミを入れたそうなエースの声。
「私のことは気にしないで!どうぞお幸せに!」
私はバタンと扉を閉めた。
そして失恋の深い傷を抱え、泣きながら時計塔の階段を下りた。

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