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■恋の駆け引きごっこ3

そして夕暮れの森の奥深くで捕まった……。

「ほら、捕まえたぞ。このじゃじゃ馬娘!抵抗しても無駄だ!」
後ろから羽交いじめにされ、私は身をよじって叫ぶ。
「やだ!止めて、離して!」
……襲われかけているようにしか思えない状況とセリフだけど、実際には、錯乱した
私をユリウスが保護しただけだったりする。
「わっ!」
それでも引きこもりのユリウス。小娘が暴れたのに引きずられ、足下をもつれさせ、
『っ!!』
ドンっと音がして、押し倒される形で草むらに倒れた。

「アリス!大丈夫か!?」
ユリウスの慌てる声。
「う、うん。草がけっこう厚いから……痛くないわ」
「そうか。良かった」
「うん……」
そして互いに沈黙。

「ええと、ユリウス。どいてくれない?」
ユリウスは私を押し倒したまま、じっと見下ろしてくる。
「おまえが先にどけばいいだろう」
何だ、それは。ユリウスは長身だけど、何だか迷っているよう。
それなら、と起き上がろうとしたけど、起き上がれない。
こちらが身じろぎすると、ユリウスが慌てて押さえ込んでくるのだ。
さすがに声が冷たくなり、
「どうしたいのよ、ユリウス」
「アリス。本当に帽子屋に何もされていないんだな?」
「しつこいわね。あ、当たり前じゃない」
痛いことをされた記憶はない。首元に痕は何もないと思う……多分。
「なら何で目をそらす。おまえ、まさか本当は……」
突き放したり迎えに来たり。そして妙な疑り深さにうんざりする。
「じゃあ、気が済むまで調べなさいよ。ほら、本当に何もされてないから!」
ムッとして言う。自分から襟元を開き、鎖骨のあたりがよく見えるようにした。
「い、いや、私はそこまで……」
「そこまでだったわよ!早く調べて!気が済んだらどいて!」
そして目を閉じる。

夕暮れの森の中に、木の下の草むらの上で、私は押し倒されていた。
そして時計塔のお偉いさんの『お調べ』を受けている。
「ん……」
「おい、変な声を出すな。おまえが出すと気味が悪い」
「だ、だって。ユリウスこそ……いつまで調べてるのよ」
失礼なユリウスを責める。
鎖骨を撫でられ、その下の肌にわずかに触れられるたび、意識せずに変な声が出た。
彼の顔が近すぎて、心臓が早鐘を打って止まらない。きっと顔の温度も上がってる。
それをユリウスに聞かれはしまいかと気が気じゃない。
「……すまない」
早く離れて、と焦っているとユリウスがいつもの暗い声で言った。
「さっきから私はおかしかったようだ。おまえが帽子屋に何かされたのではないかと
思ったら、気が気ではなくなった。帽子屋屋敷に乗り込もうと本気で考え、おまえを
どこかのストーカーのように追い回し、こんなことまで……」
あ……空気が暗く暗く暗く。また唐突に自己嫌悪モードに入るんだから。
というか、こんなシーンで忌々しい白を連想させることを言わないでほしい。
ユリウスは意気消沈し、首元をわずかに乱した私から離れようとした。
「あ……!」
「……おい、どうした」

反射的な行為だった。思わずユリウスの袖をつかんでしまった。

だって、彼が今、私から離れたら、この世界にいる間はもう触れてくれないのでは
ないか。なぜかそんな気がしてしまったから。
振り払えば立ち上がれるのに、ユリウスは立ち上がりかけた中途半端な姿勢のまま
私を見下ろす。
「おまえもおまえで、少しおかしいようだ。塔に戻るぞ。詫びに美味い珈琲を淹れてやるから」
「……も、もう少し調べないの?どうせまだ疑ってるんでしょう?」
低級な挑発が口から出た。ハッとしたけど出たものは取り返しがつかない。
ユリウスは不快そうに眉をよせ、
「疑ってなどいない。それに、これ以上は……」
「いいわよ!これからも変に疑われたまま、同居したくないわ!」
さっきと逆だ。私が必死になってユリウスを引き止めている。
「…………」
「…………」
もう、ハッキリと口に出さなくても、私が何を望んでいるか嫌でも伝わった。
そしてユリウスは改めて私に覆いかぶさった。
荒れた手であのときのように頬を撫で、耳元でささやく。
「調べ終わる前に泣かれても、止まらないかもしれない。今ならまだ……」
「いいわよ。全部調べて。お願い……」

ブラッドに襲われかけた動揺を引きずる私。
私に変な疑惑を持って、少し判断力が危うくなっているユリウス。
誰もいない、来ない森の奥。夕暮れの妖しい風。
変なのだ。何もかもがどうかしているのだ。

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