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■恋の駆け引きごっこ2

「ん……っ……」
ソファに押し倒され、頭を抑えつけられ、何度もキスをされる。
「ブラッド……止めて……」
キスの合間に訴えるけれど、ブラッドは楽しそうにキスを深くする。
「君を見ていると退屈しないのに、君は私に退屈しているようだ。
だから汚名を挽回させてほしい。一緒に楽しいことをしようじゃないか」
そう言って、フリルエプロンの下に手が忍び込み、青いワンピースに触れられる。
「……やめてっ!」
でもブラッドは止めてくれない。別の手がスカートの中に完全にもぐり込み、腿を
つたい、その奥へ……。
直接触れられたわけでもないのに、涙がにじんだ。
いいようにされ、抵抗しても無駄だとばかりに抑えつけられる。
対するブラッドは心底から楽しそうに、
「すぐに何も分からなくなるさ、アリス。
そして時計塔に帰る気など、二度と起こらなくなる」

……ユリウス!

『時計塔』を出したのはブラッドのミスだ。
一瞬で勇気の出た私は、彼の頬を平手で叩いた。

パアンと、痛そうな音が響く。こちらの手も痛い。

「……っ」
一瞬だけ、ブラッドの力がゆるんだ隙に彼の下から抜け出した。
「この、×××××……!」
淑女らしからぬ、下町の罵り言葉まで出てしまう。
そして急いで乱れた服を整え、息も荒くブラッドから距離を取った。
「やれやれ。気性の激しいお嬢さんだ。単なる冗談じゃないか」
起き上がったブラッドは、叩かれた頬をおさえ苦笑していた。
「あれが冗談なら、あなたは頭がおかしいわよ!」
憤怒をこめて叫んだ。そして怒りのままに、
「当分ここに来ないから!じゃあね。本をありがとう!」
彼に背を向け、靴音をワザと立てて、乱暴に歩く。
「二度と来ない、と言われただけでも嬉しいよ。また遊びに来なさい、アリス」
ブラッドはこの後におよんで、余裕の声だった。それがシャクにさわる。
「言い直すわ。二度と来ないから!さよなら、ブラッド!!」
出来る限り乱暴に扉を閉めたけど、忌々しい笑い声が嫌でも耳に入った。

…………

「はあ……」
夕暮れの森の中、時計塔への道をたどりながらため息をつく。
ユリウスの言うとおりだった。
友達だから、と完全に油断していた。
ブラッドはマフィアのボスなのだ。もっと警戒するべきだった。
彼が『時計塔』のことを出さなければ、今頃どうなっていたか。
自己嫌悪とブラッドへの怒りが半々に、私はトボトボと道を歩く。
その耳に、誰かがの足音が聞こえた。どうも男性らしい。
「!」
先ほどのことで、男性にはやや過敏になってしまう。
私は慌てて近くの茂みに隠れようとした。でも相手の方が速くて……

「ユリウス?」
「アリスっ!!」

道の向こうから、早足で現れたのは、間違いなく家主だった。
「どうしたの?仕事か何か?」
平静を装って聞いた。
「お、おまえか……」
ユリウスはまっすぐにこちらに近づくと、ほーっと息を吐いた。
「どこに行くの?この先は帽子屋屋敷しかないわよ?」
天敵の三月ウサギと鉢合わせしたくはないだろう。そしてユリウスは、
「いや、いい。帰る」
「は?」
そのままクルッと回り、時計塔への道をスタスタ歩き出した。
あわてて追いかけ、彼の背に声をかけた。もしや……
「あのー、もしかしてユリウス。私を迎えに来た?」
「!」
強い否定が返ってくるだろう。そう思った。

「……そうだ。帰りが遅いから、心配になった」

私は呆気に取られた。
「で、でも帽子屋屋敷よ?道の途中で会わなかったらどうしてたのよ」
何があっても知らないと突き放すワリに、帰りが遅いとこれだ。
「……分からない。帽子屋屋敷に、乗り込んでいたかもしれない」
いやいや。あの時間帯は確か、エリオットも屋敷の中にいたから。
無傷でブラッドの元に来られるわけがない。いや、最悪の事態になってたかも。
私が、あの最低男を振りはらえて本当に良かった。
今度は私がほっと息を吐く。
するとユリウスはそれを聞きとがめたようで、私を振り向き、
「……あいつに何かされたのか?」
と聞いてくる。されたというか、されかけたというか。
「別に何もないわ。心配しすぎよ」
そう言うと、ユリウスがこちらに向き直る。私の両肩に、大きな両手を乗せた。
「え?……え!?」
顔が近づく。え?あれ?もしかしてキス?
でも何で?さっきから行動がチグハグでよく分からない。
逃げるべきか分からず、挙動不審におどおどしていると、
「動くな」
「……はい」
低い声で命じられ、反射的に従ってしまう。そして目を閉じ、顔を上げた。
彼の顔がこちらに近づき、ほんのわずかに乱れた呼吸の音まで聞こえる。

そして彼の唇が私の唇……の横をスッと通り、首元に。

「紅茶と薔薇の匂いがする。おまえ、やっぱり帽子屋に何か……」
「――っ!!」
目を開け、身をよじる。
「うわ!……おい、頭をぶつけるだろう。危ないから動くな!」
「う、うるさいわねっ!あんな変な屋敷にいるんだから匂いくらい移るわよ!」
キスされるという勘違いをした己がただただ恥ずかしく、ユリウスに逆ギレする。
するとユリウスもユリウスで、何かに勝手にピンと来たのか、
「おい、もう少し首筋を見せろ。他にも何かされてるんじゃないか?」
「〜〜〜!!されてないわよ!ちょっと、止めて!」
余計に変な誤解をされ、こちらに伸びる手から避け、森の中へ逃げ込む。
「アリス!ちょっと待て!街道沿いとはいえ、夜の森は危険だ!
嫌なら調べるのは止めるから、戻ってこい!」
知るか!というか、調べるという言い方がいやらしい!
それにユリウスのくせにあんな……その、カッコいい顔で、低い声で……。
――何でユリウスじゃなくてブラッドが迫ってくるのよ!
理不尽な怒りに身を震わせる。支離滅裂だと自分でも分かりつつ、森の中を逃げた。
「ま、待て、アリス!」

焦るユリウスの声がどこまでも続くのを心地良く思いながら。

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