続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 ■恋の駆け引きごっこ1 ※主人公:アリス=リデル(名前変換非対応) 「それじゃ、出かけてくるわね」 本を胸に抱えて言うと、時計塔の陰気な主は、眉をひそめる。 「アリス。また帽子屋屋敷か?」 「だって借りた本をそろそろ返しにいかなきゃ」 帽子屋屋敷のボスの本棚はすごい。 なぜか、私の好みの本がピンポイントで置いてあるのだ。 一度借りると、図書館のように何度も何度も通うようになってしまった。 ユリウスは眼鏡を外し、目元を軽くマッサージする。 「あそこはマフィアだ。おまえのような女が、軽々しく出入りしない方がいい」 「何よ、ユリウス。行くなって言うの?」 ムッとする。けどユリウスは分かりやすく顔を赤らめ、そっぽを向いた。 「べ、別に、好きにすればいい!ただ、何があっても知らんと言いたいだけだ!」 分かりやすいなあ……でもちょっと虚しさもある。 ……未だに告白していないけど、私はユリウスに恋をしている。 素直に止めてくれれば、行ったりしないのに。 「そんなに危険じゃないわよ。ブラッドは私を歓迎してくれるし。 たまに『屋敷に住まいを移さないか』って言われて考えちゃうのよねー」 彼の気をひくため、わざと言ってやる。 「っ!!」 「だって、帽子屋屋敷って、すごいでしょう? 何でも買ってもらえるし、エリオットもディーもダムも優しいし。 ブラッドも、強くてカッコイイし……」 もちろん、何かねだったことはないし、買ってもらったこともない。 いや実際に欲しい物は何でも……と言われたことはあるけど、頑として断った。 というかブラッドへの『強くてカッコイイ』という形容自体がうさんくさい。 そして狙い通り、ユリウスは拳をふるわせ、私に何かを……。 何かを……言おうとして、顔をうつむかせる。 「向こうがいいなら、おまえの好きにすればいい……」 やけに沈痛な声で言い、脱力したように時計修理に戻ってしまった。 ――し、しまった……効きすぎた! 冷や汗がダラダラ出る。 ユリウスの気を引くのは成功した。でも、気を引きすぎて落ち込ませてしまった。 また他人と自分を比べて、自己嫌悪モードに入ったんだろうな。 分かってはいたけど、何て暗い人なんだろう。 「あ、あの、ユリウス。ごめんなさい……じ、冗談よ?移る気なんてないわよ?」 焦りつつなだめようとする。 でも彼は聞く気がないのか、本当に集中し出したのか、こちらを見てくれない。 「……いってきます」 そして私までが自己嫌悪に苛まれ、暗い気分で作業場を出た。 ………… ブラッドは、帽子屋屋敷の自室にいた。 「やあ、よく来てくれたな、アリス」 書類作業をしていたのだろうか。私を見ると上機嫌な顔になった。 「こんにちは。ブラッド。お借りした本を返しに来たわ」 「君が来てくれると、それだけで退屈が紛れる。実に嬉しいことだ」 仕事中だろうに、ブラッドはわざわざ椅子から立ち上がり、こちらに来る。 「いいわよ。本を返しに来ただけ。すぐ帰るから」 ユリウスのことが気になる。今回はあまり長居をする気はなかった。 「そんなことを言わないでくれ。さあ入りなさい。お茶の準備をさせよう」 「ちょっと、ブラッド」 私の腰になれなれしく手を回し、ソファまでエスコートする。 こちらも仕方なく、歩調を合わせ、ソファに座らされるままになる。 そして、間をおかずに現れるメイドさんたち。 着々と目の前にお茶会の席が設けられるのを見ながら、内心ため息をついた。 ………… どれくらい時間帯が経ったのだろう。この部屋には窓がないから分からない。 私はまだ、ブラッドの部屋を辞するタイミングをはかりかねていた。 「それで君が読みたいだろうと思った本を、大量に仕入れたんだ。 君は読書家だからな。選びがいがあったよ」 「あ、ええ。どうもありがとう」 どこか上の空で紅茶を飲む。 「何冊でも借りていくといい。ああ、欲しい本があるならいいなさい。 どれほど稀少な本だろうと手に入れてあげよう」 「うん……後で見るわね」 ジンジャークッキーを口に入れながら、何とか帰る口実はないかと頭をひねる。 「っ!」 そのとき膝に不自然な重みを感じてギョッとする。 ブラッドが私の膝に、手を置いていた。 「何、するのよ。ブラッド」 「理由は三つだな、アリス。一つは君が淑女にふさわしくない貧乏ゆすりをしていた から。もう一つは君が心ここにあらずだったから、注意を引きたかったんだよ」 余裕のない男ですまないな、と余裕たっぷりの笑みを見せる。 でも膝から手を離そうとしない。むしろいやらしい感じに撫でてきた。 向こうは手袋をしているとはいえ、こちらはスカートから膝が出ている。 「ブラッド。貧乏ゆすりは止めたし、あなたに注意も向けたわ」 だから手を離せ、と遠回しに言う。するとブラッドは、膝から手を離し……たように 見せかけ、腿の方に撫で上げる。ほんの少しだけ、手がスカートの中に入った。 「ブラッド!」 さすがにキツイ声が出る。 セクハラだ。親しい者に対するスキンシップというには度を超している。 「理由の最後だ。私が君に触れたかっただけだ」 「っ!」 そして反応する間もなく、私はブラッドにキスをされた。 1/5 続き→ トップへ 短編目次 長編2目次 |