続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■そよかぜと麦の穂

空には秋のそよかぜ、大地には麦の穂が揺れている。

「ナノ!!しっかりつかまってろよ!!」
「ちょっと!エリオット!待って!速い……!!」
私をおんぶしたエリオットは、夕暮れの道をひた走る。

バスケットを落とさないように、私は必死で恋人の背にしがみついた。
夕暮れは私たちを優しく包み込み、一つになった長い長い影が道にのびる。
私たちは子どもみたいに、笑い、はしゃぎながら走る。
麦畑に。夕暮れのピクニックに。

「じゃ、ご飯にしよっか」
空き地を見つけ、麦畑にシートを敷く。ニンジン料理をずらりと並べていくと、
「す、すげえな。いつも思うけど、すげえ……ピクニックなのに、レストランに
来たみたいっつうか……」
私は首をかしげる。
「今回は簡単だけど?グリル・ド・キャロットに、ニンジンのテリーヌ、ニンジンの
網焼き、セージ風味。ポーチドキャロットとスイートニンジンのトリュフ添え、あと
ニンジンのリゾット、アマトリーチェ風。デザートにシチリア風ニンジンアイス」
一息で言ってみると、エリオットが絶句する。
「いったい、それだけの料理……どうやって……」
私は指を頬にあて、
「んーと。文献で調べたり、お屋敷のニンジンシェフさんに聞いたり、いろんな
ニンジンレストランでメニューを研究したり……」

畑でひたすら美味しいニンジンを作り、それ以外の時間はニンジン料理を研究する。
エリオットに喜んでもらえればと、それだけを。
「何で……もともとニンジンが好きでもねえのに、そこまで……」
エリオットは目を丸くして、私を見ていた。
ひ、引かれた?そこまでされると引いちゃう?
だから私は真っ赤になってうつむき、やっとのことで、

「だ、だ、だって、その、エリオットが……す、好き、だから……」

次の瞬間。

「ナノーっ!!」

「ぐはっ!!」

だ、抱きしめられた!いや、締め上げられている!!
つぶれる!折れる!!今度という今度は始末される!!

「俺は幸せだぜ!最高に幸せだっ!!」
あ、あなたの幸せは恋人を絞め殺すことだったの!?
そういう特殊性癖の持ち主と知っていれば、もっと早く……。
そしてスリスリされる!ひたすらスリスリされる!!
「すっげえ幸せだ!大好きだ!!おまえは最高の女だ、ナノ!!」
エリオットはニンジン料理を食べるのも忘れたように、ひたすらに私をシメ上げつつ
褒め称えている。
そしてその勢いで、ガバッと麦畑に私を押し倒す。
「え?ちょっと?エリオット?」
「大好きだ!!すっげえ大好きだっ!!」
「ちょっと?料理は?ねえ?エリオット!?」
でも感動したらしいエリオットは私をさらに強く抱きしめつつ、何度も何度もキスを
して、それから服に手をかけ――

…………

…………

「い、いや。だから怒るなよ。おまえだって喜んでただろ?」
ニンジン料理をほおばりながら、エリオットは必死でなだめてくる。
どうにか服を整えた私は、フンっとエリオットに背を向けた。
「なあ、ナノ〜。機嫌を直してこっちを向けって」
やかましい。後ろから抱きつくな。あと、人をなだめるときは物を食うな。
「あ!分かった!」
何が。
「ナノ!本当は俺に構ってほしいんだろ?それならそうと……」
ニヤニヤ笑いが見えるようだ。手が、一度乱れた私の服をもう一度乱そうと――
「えい」
私は振り向き、三月ウサギのお耳をつかむ。そしてギュウウッと力をこめた。

そして絶叫が麦畑に響いたのであった……。


「仕方ねえなあ……冗談だろ?」
おふざけを止め、エリオットは本格的に料理に取りかかりだした。
「美味い美味い!これも美味い!あ、ナノ。それも俺が食うからな!!」
取ろうとした料理を、先約されてしまう。
「はあ……」
いや、喜んでくれるのはいいけど、こうも食べまくられると、私の食べる分が……。
まあ一心不乱に食べているエリオットを見るのも嫌いではない。
私は大人しくニンジンアイスを食べることにした。
でもアイスもすぐ食べ終わる。
私は食欲、いやニンジン欲の権化と化したウサギに背を預け、夕暮れの空を見た。
麦畑の麦の穂は、夕暮れのそよかぜを受けて、かすかに揺れている。
何て平和で、どこか寂しく、懐かしい世界。
私は目を閉じて、過ぎ去る秋の匂いをかいだ。
「美味いな!これもすっげえ美味い!!ああ、食べ終わるのがもったいねえぜ!!」
……外野がうるさくて感傷にひたれやしない。そしてついに、
「ナノーっ!ごちそうさま!本当に美味かったぜ!」
食べ終わるの、早いなあ。あと、身体をすりすりしまくるなっつの。

…………

そして食事の後片付けも終わって。
「静かだな」
今、私は、三月ウサギの足の間に座り、大きな腕に抱きしめられている。
風は冷たいはずなのに、そうされると全然寒くない。
「最後のサーカスは、楽しかったな」
私も腕の中でうなずく。
エリオットが身体を前かがみにし、私にもたれるようにする。
「もうすぐ季節も終わるな……時計屋が恋しいか?」
私は首を振る。一緒に引っ越す人も、少しの間お別れになる人も、また出会う人も。
みんな等しく、良い友達だ。エリオットに勝る、親しい人はいない。
今の私はエリオット以外、見えない。それは誰もが知っていることだ。

「私、重くない?」

私は後ろを振り向き、恐る恐る言った。
「あ?別にさっきは全然、そう思わなかったけど……太ってないと思うぜ?」
違う!!腹を撫でるな!ついでにセクハラ発言!!
「いや、そうじゃなくて」
エリオットがかつて望んだように、彼だけを見る少女になった。
でもやりすぎだ。生活の全部をエリオットに費やしてしまう。
こんな子、重くないだろうか。元の世界ならきっとドン引きだ。
「よく分からねえけど、変なことは考えるな!!俺が全部引き受けてやるから!」
……即答でした。悩んだ自分がアホらしい。
「うん……」
「俺も負けてられねえよ!!おまえに負けないくらい、もっともっともっと!
おまえを愛してやらなきゃな!!」
「いや。別にそれは、どうでもいいけど」
重いくらいに愛したいけど、同じくらいの愛を注がれたいとは思わないなあ。
あと、小さな小屋をプレゼントの箱で埋めるのは勘弁してほしい。
毎度毎度、断ったり処分したりする口実を探すのも、大変なのだ。

「それで、いつ屋敷に戻るんだよ」
エリオットが改めて私を抱きしめ、言った。
えー。またその話?
小屋に住んで以来、変わらず、会うたびに言ってくる。
「ペナルティだか何だか知らねえけど、もういいだろ?ブラッドはおまえの紅茶に
ついては、もう思い出の中に大事にしまっておくって、あきらめてたぜ?」
うーむ。私がニンジン作りとニンジン料理作りに精を出し、代わりに紅茶の腕が
みるみる落ちていったから、当初はずいぶん嘆かれた。
そのため、最近はボスと会う頻度も減っている。
聞いた話では、エリオットから私のニンジン料理自慢をしつこくしつこく聞かされ、
ノイローゼ気味だそうな。
ちなみに。もともと紅茶に興味のない双子は変わらず遊びに来てくれる。
でもニンジンは食べてくれない。しくしく。

「……うん、まあ、もうちょっとで戻ると思うから」
「またそれかよ。まあいいけどよ。でも、いつかは連れ戻すからな」
「うん……」
そして、エリオットは私を抱きしめたまま、麦畑に倒れる。
「わっ」
自然、エリオットのお腹の上に乗りながら、空を見上げる格好になった。
……食ったばかりなのに、お腹、大丈夫なのか。

「いい夕暮れだな、ナノ」
「そうね」
エリオットは私の頭を撫でる。そして耳元で優しくささやいた。
「いつまでも一緒にいような、ナノ。
対等の関係で、ケンカしないで、ずっと、ずっと!」
「それはどうかなあ。一緒にいるのはともかく、ケンカしないというのは……」

実は、私とエリオットの間のケンカは減る気配もない。
浮気の疑い、屋敷に戻る戻らない、マフィアが嫌になる、急に旅に出たくなった、
……その他もろもろの理由で、しょっちゅうケンカをしている。
周りが呆れるくらいのバカップル状態になったりすることもあれば、本当に別れるか
別の世界に行くか、というくらいの大修羅場を、国をまたいで続けたりする。

でも、どんなときも、私は変わらずにニンジンを作り続ける。
だから、エリオットも最後にはこぶしを下ろしてくれるのだ。

――もしかすると、この先もずっとそうなのかな。

まあ永遠に続く幸せより、若干の不幸せがある方が、私向きかもしれない。

「気持ちのいい風ね……」
「そうだな」

そよかぜと麦の穂。
互いをくすぐりながら、よりそって流れていく。
夕暮れの空の下を、昼の光の中を、夜の大地の上を。
国が変わり、人が変わり、季節がめぐっても、ずっと、ずっと。

「エリオット」
私はお腹の上に乗せられたまま、くるっとエリオットを振り向いた。
横になったまま抱きしめ合う体勢になる。
「どうした?ナノ」
髪を撫でる優しい手。
「ニンジンが取れすぎちゃって、ちょっと余ってるの。だからね」
ペーターにあげるとか、そろそろ売るとか、しようかなと……と言いかけたとき、
「おう、まかせろ!残さず全部食ってやるからな!!」
自信満々な笑みと熱いキス。
――……まあ、いいか。ニンジンは低カロリーだし。
カロチン過剰症だけは気をつけてあげないとなー。
「うん。じゃあ、まあ、それでいいけど」
「おうっ!!」
嬉しそう。すっごく嬉しそう。あと可愛い。
最近は怖いと思うこともほとんどなくなった。
エリオットに会うのが待ち遠しくて、いても立ってもいられない。

――そろそろ、一緒に住んであげてもいいかな……。

でもゲームが終わるのはちょっと惜しい。
もう少し、最後の余韻を楽しんでいたい。
「エリオット。大好き」
私は心からの笑顔で微笑む。
「俺もだ!!」
そして同じくらいの笑顔で抱きしめてくれるエリオットに抱きついた。

「永遠に、あなたを愛してる!」

いつまでも、何があっても、ずっと、ずっと!!



そよかぜと麦の穂・完

………………
Thank you for the time you spent with me!!

2012/04/27
aokicam

※仕様で、次ページから夢短編になります。

6/6
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -