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■ニンジン畑より

あれから、どれくらい時間帯が経ったんだか。
帽子屋屋敷は秋の空。再びエイプリル・シーズンを迎えていた。

そして天気の良い昼間のことであった。
「ふう……」
私は麦わら帽子をかぶり、畑作業にいそしんでいる。
秋は収穫シーズン。腕がなる。私は汗をかき、土で汚れた手を畑に突っ込む。
そして青々としたニンジンの葉をつかみ……ズボッと大きなニンジンを引き抜いた。
「うむ。今回の肥料も大成功ですね。大きくて色つやも良い」
次に、手に持ったナイフで見えない程度に小さく切れ目を入れる。
それからそこに、体温計に似た器材を押しつけた……数値はすぐに出た。
私は麦わら帽子をかぶり直し、満足してうなずいた。
「ふむ。糖度11……思った通りです!」
と、一人ごち、ポイッと近くのカゴにニンジンを放り込んだ。

ここは私が住む小屋の前の、ニンジン畑。
あまり広くはないけど、そこそこの規模だった。
そう。ナノのニンジン畑。一度は更地にされた畑を、また耕して作ったのだ。
しかし作るのはニンジン。ニンジン以外は何も作っていない。
……というか作れない。作ろうものなら、何が出来るか分からない。
ちなみにこの間はジャガイモを作ろうとして、引き抜いてみたらマンドラゴラが出て、
それが絶叫して十数人ほどが……いえ、何でもございません。

私は、また畑に向かい、ニンジン収穫を進める。
「今夜は何を作ろっかな?」
と頭の中に無数のレシピを浮かべる。ニンジンレシピを。
うん。私はただニンジンを作り続ける。
趣味でもなく、お金のためでもなく。

たった一人のために。

…………

バタバタと走る音が近くなり……
「ナノ!!」
小屋の扉をバタンと開いたエリオット。彼は、ぜえはあと肩を上下させている。
私はエプロンを締め直し、恋人を出迎えて微笑む。
「いらっしゃい、エリオット。お疲れ様」
「はあ、はあ……来たぜ、ナノ!」
疲れている様子なエリオット。耳もちょっと垂れ気味だ。
また仕事が忙しいのに、強引に時間を作って来たらしい。
そこまでしなくても、いいって、いつも言っているのに。
「会いたかったぜ!!」
でもエリオットは大きく腕を広げて私を抱き寄せ……キスをする。
「ん……」
そして熱いキスが終わると、顔を上げた。
「お?」
本物のウサギみたいに鼻をひくひくさせ、耳をピンと立てる。
「へえ。今夜もいい匂いだな。何を作ったんだ?」

私はお台所に戻り、器に料理を盛りながらメニューを説明する。
「前菜には、ハーブとニンジンのバターサラダ、スープにニンジンのハンガリー風
シチュースープ、主菜はニンジンの酢煮のレモン掛けミニキャロット添え、次に
ニンジンのクリーム煮フィレンツェ風のバターライス添え。デザートはニンジンの
コンポートとタルトレット、それぞれペパーミントソースとヴァニラソースがけを」
一息で言い切ってみた。で、少しの沈黙があり、
「お、おう……!こ、今回もすげえな!!」
エリオットは他に言葉が見当たらないらしい。
けど、私が手早く料理をテーブルに並べていくと、みるみる目を輝かす。
「すっげえ。すっげえ!美味そうだ!!本当にすげえ!」
ひたすらに絶賛してくれた。
うむ。今回も焼き加減といい、盛りつけといい、完璧ですもの。
「素材のニンジンの味も、ぜひご堪能を。今朝取れた、新種の高糖度ニンジンを、
ふんだんに使用し、味を濃厚にお楽しみいただけ――」
「いただきまーすっ!!」
耐えきれなくなったのか、こちらが全部言い切る前に食べ始めた。やれやれ。
まあ、テーブルの料理が全て空になるまで、半時間帯もかからないでしょうが。

…………

片づけを終え、お皿を全て食器棚にしまい終える。
「ナノ、こっちだ、こっち」
ソファからエリオットが手招きする。
「はいはい」
エプロンを取り、ソファに座ると、エリオットがすかさず膝に頭を乗せてきた。
耳を撫でると気持ち良さそうに目を閉じる。
それを見て私も幸せな気分に……なれない。
デカすぎるんですよ、××ウサギ!!重い!膝が超重いから!!
「なあ。まだ屋敷に戻らねえのか?」
エリオットは空気を読まず、膝枕をしつつ、私の腰に手を回す。
「まだ、もう少し」
内心うめきながら言う。
そう。畑作業は楽しいし、エリオットも間を置かずに会いに来てくれる。
帽子屋屋敷は人が多すぎ、何かと気兼ねしてしまうし、一人暮らしの方が楽だ。
そうエリオットに伝えると、
「俺はにぎやかな方が好きだけどなあ……ブラッドだって気にしねえと思うぜ?」
「そういう問題でも……」
ニンジン色の頭を撫でながら言う。
するとエリオットは何か勘違いしたのか、強く言った。

「誰も気にしねえって。おまえが紅茶を淹れられなくなったことくらい」

「…………」
私は応えず、エリオットの頭をただ撫でた。

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