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■ハロウィン・パーティー・下

ハロウィン・パーティーは宴もたけなわだ。
にぎやかに笑い、楽しむ声があちこちから聞こえてくる。
会場の隅では、吸血鬼の主催者と、普段着で松葉杖の少女が長椅子に座っていた。

私はジュースをすすりつつ、改めて言う。
「私は帽子屋屋敷を出ます」
「ふむ。エリオットは嘆くだろうな」
「先に話して、実際に嘆かれましたけどね。
でもまあ、お互い頭を冷やそうと言う方向で説得して」
別れるとは一言も言ってないのに、エリオットは完全に耳を垂らし、何をどう償えば
ここに居てくれるのかと、しつこく引き止めてきた。
でも私がいろいろ説明すると(理解したかは疑問だけど)最後に折れてくれた。

「監獄と縁を切るため、ちょっとチート技を使ったんですよ」
湯呑みのようにジュースのグラスをすすり、ボスに言う。
玉露そのものを消す、という形で自分を監獄にいられなくした。
それはいいけど、今度は消した玉露の代償を自分で払わねばならない。
「つまり自分のゲームのペナルティを、自分で受けねばならないのです」
まあ、意味分からないでしょうね。自分でも言ってて意味不明だし。
「生真面目なことだ。気が向けば、どんなペナルティか話してほしいものだ」
やはりブラッドにも、よく分からなかったらしい。当たり前か。
「いずれ分かりますよ。というか、嫌でも気づいてしまうかと思います」
「ふむ。珍しく含みのある物言いをする。どうしても聞いてみたいものだ」
と、指でこちらのあごを、ちょいっと持ち上げる。
「そのうち分かると言いましたでしょう?それに多分、あなたに多大な迷惑をかけて
しまうので、あらかじめ、謝りに来たんです」
「何……?」
ピクッとブラッドの手が止まる。何か不吉な予言を聞いた、という顔で、
「ナノ、それはどういう意味……」

「ブラッド、ナノ」
そのとき、私たちを呼ぶ声がした。

……ええと、エリオットは?何だろう。個性的な仮装だ。
私はまず恋人の仮装をたたえた。
「エリオット。実にお似合いですね」
「会うなり、けなしてくるかよ、おまえって女はいつもいつも……」
嫌そうな顔で言われた。だって、本当にお似合いだもの。ブラッドも、
「ああ。似合っているな。包帯で全身をぐるぐる巻きにして。
恋人のために受けた傷を隠しつつ仮装も成立させる。おまえにしては頭を使ったな」
「本当か!?ブラッド!!」
パアッと顔を輝かせる。ちょ……コラ、その態度の違いは何なんですか。
あと、ほめてるようで、けなしてるのはブラッドも同じですから!
「さて、見当違いの嫉妬を受ける前に、私は退散しよう」
サマになる仕草で、ゆらりと立ち上がる吸血鬼。
私を妖しげな目で見て、
「何かあれば言いなさい。これからも、君たちの楽しいゲームに期待しよう」
野次馬め。私は他の人に見えないよう、こっそりと中指を立てる。
ブラッドは笑い、私たちに背を向けて歩き出す。
やがて、ボスを歓待する人たちの中に見えなくなった。
「…………」
二人きりになると気まずいのか、エリオットは若干、耳を垂れ気味にさせて、私を
見た。私もため息をついて微笑み、松葉杖を取って立ち上がる。
「ねえ。外の風に当たりましょうか、エリオット」
「ああ」
ウサギはうなずいて、ついてきてくれた。

…………

屋敷を出て、少し歩く。夜の風も涼しい秋の庭園。
そして手近な椅子に、二人で腰かける。
人目がなくなり、やっと私は一息ついた。
「……おまえの言ったとおりにしておいた。五時間帯後には、引っ越せると思う」
エリオットの耳はしゅんと垂れている。そして思い切ったように顔を上げる。
「……悪かったよ。ずっと疑ってたりして」
「誤解が解けたならいいですよ、足の傷だって、そろそろ戻る頃だし」

そう。いちおう浮気の誤解は解けた。
知り合いという知り合いに片っ端から証言を頼み、顔なしさんの目撃情報まで集め、
合意ではない約一名も含め、浮気は全て誤解だったと分かってもらえた。
まあ時計屋に関しては密室状態だったこともあり、今も少し疑ってると思うけど。
「疑って、ひどいことをした。おまえだって、俺が怖がらせなきゃ、嘘をついたり
逃げたりすることも……」
「そこまで買いかぶられても困りますよ。根っこからヘタレですし、私」
会場から持ち出したクッキーを口に放り、言った。
「そんなことねえよ!おまえは勇気がある!!」
エリオットが気色ばんで立ち上がる。
いやそんなことあるから、何度も泥沼に陥ったのでは。前回のケンカはエリオットの
非が強かったため、結局『なあなあ』で終わった。
でも似たようなケンカは、これから先も起こりそうな気がする。

「それに、何度も言ってるとおり、お互い頭を冷やそうってだけでしょう?
お互いにけじめをつけて、私は帽子屋屋敷を出て」
何も永久に別れようってわけじゃない。
「いつ俺の部屋に戻るんだ?十時間帯後か?二十時間帯後か?」
出て行く前から戻る話か。
「さあ。私がもう少し賢くなって、臆病にならなくなったら」
「ソレじゃあ何万時間帯も必要になるじゃねえか!!」
……てめえ、いつか刺すぞ。
私はゴホンと、咳払いし、エリオットに唇を重ねる。
するとエリオットもすぐに抱きしめてくれる。
「いつかは戻りますよ。私はいつだって、あなたのものです」
そしてピョコッと耳を立てた三月ウサギに微笑む。

「だからね。会いたくなったら私も屋敷に行きます。
エリオットだって、いつでも来て下さい……私の小屋に」

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