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■エリオット対ジョーカー・下

「あの、面倒くさいから、牢に入ってから考えてもいいでしょうか」
『馬鹿か、おまえはっ!!』
渾身のツッコミが入った気もする。しかも複数ですよ。

馬鹿呼ばわりされた私は、自分の名誉のために弁解する。
「い、いえ!エリオットは一度ここから出てから傷を治して戻って来て下さい。
それで入った後で話し合って、その結果次第で私が脱獄すると……」
「出来るかっ!!ここに入るのがどれだけ大変だと思ってるんだっ!!」
エリオットが怒声を浴びせる。半分冗談なのにー。
「えーと、脱獄前提ってこと?監獄はホテルじゃないんだよ?」
青筋立てるエリオットに、道化までが口元を引きつらせている。
所長さんも三月ウサギに鞭を叩きつけながら、困惑しきった顔だった。
エリオットは鞭を避け、銃でジョーカーたちを撃ちながら叫ぶ。

「何だっておまえはそう、のんびりしてるんだ!!いつもいつも何を考えてるか
分からねえし、すぐ逃げる。本音を話すのだって、最後の最後だろう!!」

今頃それを言うか。日本人だものって、言い訳にもならないですか。
ともあれ、エリオットの傷が増えるのは嫌だ。
「とにかくジョーカー。動物虐待は止めて下さいよ」
「俺はウサギじゃねえ!」
誰もウサギなんて言ってないじゃない……。

そして私はチラッと牢獄の中を見る。
ぽつんと置かれた玉露……。
あれには惹かれる。とても惹かれる。
「ナノ。脱獄しようと、今ここで逃げようと同じ事だ。
アレがある限り、嬉しいことにまたここに来てくれるんだ、君は」
道化のジョーカーが笑う。嘘つきの笑みで。
「ナノっ!!来るんだ!!」
鞭を避けながら、エリオットが手を伸ばす。
「――っ!!」
そして地面が揺れる。
気がつくと、監獄は崩壊しかけていた。
何が?どうして?なんて考えるヒマもない。監獄全体、空間全体が裂け、崩れる。
「わっ!!」
必死に身体を支える間に、流れる赤の量がますます増えていく。
「ナノっ!こっちだっ!!」
けど私は、こちらに手を伸ばすエリオットに、首を振る。
「嫌です。あなたは危険ですし、乱暴ですし、マフィアですし、悪党ですしおすし」
「ナノっ!!!」
今までにない、悲痛な声。
すると、耐えきれなくなったか、ジョーカーたちがプッと吹き出した。
「くく……っははは!!ここまで来て……」
「あははっ!フラれたね、三月ウサギ!!」
「ナノ……っ頼むから……!!」
笑い声二つと本当に泣いてしまいそうな絶叫。
けど私は落ちついて、

「……と言いたいところですが」

と続けた。三人の声がピタリと止まる。

「まあ、それでも、そういうところを含めて私はエリオットが好きなんです」

「……ナノっ!!」
絶望的だったエリオットの顔に、初めて笑顔が走る。私は手の中の鍵を眺め、
「嘘をつくのは今度こそ止めましたよ?」
と、私は鍵を地面に叩きつけた。
頑丈そうに見えた鍵は、石畳に打ちつけられ、真っ二つに割れる。
監獄の崩壊は続き、足場も危ういほどにあちこちがボロボロだった。
そして私は走り出した。

「エリオット!!」

道化のジョーカーの側を、止められもせず、スッと通り、エリオットの腕の中へ。
「ナノっ!!」
抱きしめる腕。エリオットの声は、ちょっと泣いているようだった。
「良かった……ごめん。本当にごめんな、ナノ!!」
「私こそ……ずっと不安にさせてごめんなさい、エリオット」
微笑んで見上げる。

後ろを振り返ると、私の道化のジョーカーが肩をすくめていた。
どうやら牢の中を確かめたらしい。
「なるほど……こういう手を使ったか」
そう。牢の中は何もない。玉露もない。完全にすっからかんだった。

「罪が消失すれば、入る理由もないですからね。出るしかないわけです」
ジョーカーは皮肉っぽい笑いを返す。
「そうでもないだろ。一時的なことだ。いずれはまた俺に……」

「でもジョーカー。あなたが牢に入るのを止めてくれるでしょう?今までみたいに」
すると道化のジョーカーは呆れたように、
「何を言ってるんだよ、ナノ。俺は……」
私は無視して言葉を続ける。

「だからあなたもいい加減に、その下手くそな演技を止めたらどうですか?
……ブラックさん」

崩壊する監獄の中に、一瞬の沈黙。
すると『監獄の所長』が笑った。今度こそ、心底からおかしそうに。
「く……くく!ほら、俺が言ったとおりだろう!バレてたじゃないか!」
「て、てめえ。い、いつから気づいてたんだ……ナノ!」
『道化のジョーカー』が言った。
「最初からですよ。あなたは私のジョーカーですし」
「は……?どういうことなんだ?
ジョーカーがジョーカーと入れ替わってて、だから何なんだ?」
一人、カヤの外のエリオットが、よく分からない表情のままだ。
「そのうち理由を話してあげますよ、エリオット」
そして私は、ひたすら憮然とした表情の道化に笑った。
「それじゃ私たち、行きますね」
「ちょっとちょっと、ナノ」
すると今回は、ずーっと私に会えずじまいだったホワイトさんが手を振る。
「次は俺にも会いに来てよ、ナノ。俺だって君と話したかったのに、ジョーカーが
しつこく邪魔をしてきてさあ。しかも俺の話し方を真似してるから……くく……」
私に逃げられるというのに、爆笑する監獄の所長さん。
まあ自分の話し方を真似されるって、普通、嫌ですよね。
「うるせえっ!ジョーカー!!」
もう完全に素に戻り、所長のジョーカーにつかみかかる道化のジョーカー。

でも監獄から立ち去る瞬間に私を見上げ、小さく、
「またな」
と言った。
「さよなら、ジョーカー」
私は笑う。

そしてジョーカーから意識を戻させるように、エリオットの腕の力が強くなる。
「帰ろうぜ、ナノ」
「ええ、エリオット」
目を閉じると、唇を重ねられる。

そして至福のうちに、何もかも分からなくなった。

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