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■エリオット対ジョーカー・上

監獄の牢の前で、私は鍵を持ってたたずんでいる。
中にはポツンと、寂しそうに玉露が転がっていた。
「まあ、ここに入っても別にいいんですが……」
三月ウサギは余所者から解放され、私は全ての可能性を放棄し、監獄に引きこもる。
それもまた、私たちにとって良い終わり方かもしれない。
ここもそんなに孤独な場所ではない。
エリオットはいなくてもジョーカーや時計屋には会える。

「いざ会おうとして、やっぱり三月ウサギが怖くなった?
あれだけされて、もう話したくない?顔を見るのも嫌?」
道化服のままのジョーカーが、私の肩を抱き、顔をのぞきこむようにして言った。
この期に及んで、もう一人のジョーカーは不在なようだ。
「いや、入るのはいいんですが……」
鍵をいじりながら、ジョーカーを見上げる。
「その前に、貸した枕、返して下さいよ」
「あれは君の妄想の産物だろう!!」
即効でツッコミが入った!
「妄想じゃないですよ。エリオットに言えばすぐお取り寄せしてくれます!」
「じゃあ、おねだりすればいいじゃないか!」
いや、まあそうなんだけど。戻ったときにはもう話し合い段階じゃなくってさあ。
ああー、何か思い出したらますます絶望的な気分になってきた。
もう枕はどうでもいいから、牢獄に入ろう今すぐ入ろう。
「ジョーカー。やっぱりお世話になるから、手を離してください」
「おっと、ごめんよ」
何か肩に置かれてるジョーカーの手が、やけに強かったのだ。
離せと言わなければ牢に入れないくらい、身体を押さえられてる感じだったし。
でも私はとっとと錠に鍵を差し込み、ためらいなく扉を開ける。

お茶の匂いと悲しみの空気が流れてくる。でも間違いなく自分の場所だ。
「……入るんだ」
感情の読めないジョーカーの声。
「そう言ったでしょう」
返事をし、『あ、そうだ』と扉に手をかけながら、嘘つきのジョーカーを振り返る。
「そういうわけで、私は入りますから、あなたもいい加減に――」
言いながら牢の中に足を踏み入れようとしたとき、

「ナノっ!!」

何かガラスの砕け散る音がした。

次の瞬間、エリオット=マーチがそこに立っていた。

彼は素早くあたりに目を走らせる。
そして牢獄に今にも入りそうな私を見て、顔色を変える。
「何で、おまえがこんなところに……っ!!」
いや、あなたこそ。何で今、ここに。
「こんなところにって、自分で追い込んでおいてよく言うよねえ、三月ウサギ」
走ってこようとしたエリオットの前にジョーカーが立つ。
そして道化姿のまま、牽制するように鞭を構えた。
「……どけ!!道化に用事はねえ!!」
でもジョーカーは、殴りかかろうとしたエリオットをあっさりかわす。
そして鞭を振り上げる。
容赦のない痛そうな音に、私は思わず目をギュッとつぶった。
「この子は俺の物になる。それとも恋人同士で監獄に入る気?」
「そこをどけっ道化!!」
「いや、本当にそうなるかな。この子が入ったら、君にも重大な後悔が生まれる」
「黙れっ!!こいつは連れていかせねえ!!」
エリオットと道化が戦う。二人が互角に見えるのは、エリオットの体力が低下して
いるからか、ここがジョーカーの巣だからか。
「っ!」
突然、何かに気づいたのか、エリオットがバッと横によけた。
そして、さっきまでエリオットがいた空間に鞭が振り下ろされる。
「……ちっ」
そこにいたのは、久しぶりに会う、もう一人のジョーカーだった。
「ああ、ジョーカー。君も来たのか。可愛い囚人が戻ってきてるって知って、いても
立ってもいられなくなった?」
「…………」
もう一人のジョーカーは何も言わない。
ただ、相方の道化を見て、気持ち悪そうに顔をそむけただけだった。
そして道化のジョーカーは笑う。私を振り返り、
「君はどうするんだ?三月ウサギと、手に手を取って逃げるのかい?」
えーと、最近、ちょくちょく奪い合われるなあ。
実は意識してないだけで、私って絶世の美少女だった?
帰ったら鏡をよく見てみようっと。
いや、そうじゃない、そうじゃない。現実逃避は止めなさい!
「えーと、とりあえず考える時間が欲しいんで、ちょっとお茶でも……」
と、冗談を言いかけ、あ、そうだそうだと玉露が中にあるのを思い出す。
「ナノっ!!」
本当に足を踏み入れかけたとき、悲痛な声がした。
私が思わず足を止めるほどに。

振り返ると、銃声と鞭の音。
ジョーカー二名と必死に応戦しているエリオットの声。
よく見ると、エリオットの肩口は赤に染まっていた。
「俺とその茶と、どっちが大事なんだ!!」
……このタイミングで言うのがそれですか。まあ、私には究極の質問ですが。

私は自分の足下を見下ろす。
包帯を巻いた箇所からは今も赤がドクドク流れていた。
私は冷めた目でエリオットを見返す。エリオットは少し顔を伏せ、
「悪かった……そう言っても通じないかもしれねえけど、悪かった。
俺は最低な悪党だ。どうしてもおまえを失うのだけは、耐えられなくて……」
何だ……やっぱりエリオットもあの状況が嫌だったんだ。耳は正直ですねえ。
銃声と鞭の音。監獄なのに騒がしい。
「ねえ。私たちはきっと永久に合わないと思うんですよ。あなたは私を信じてないし
私だって、ここまでされて従うほど××じゃないんです」
状況的には、ジョーカーと浮気したようなものだし。
「それでもいい……だが、そこに入るのは止めろっ!!」
銃で撃ちまくり、かわし、かわされ、二人のジョーカーに鞭を受けながら、何とか
こちらに走ってこようとする三月ウサギ。
「ナノっ!いくら俺を責めてもいい!後で殴ってもいい!
だから!そこに入るのだけは止めてくれ!!頼むっ!!」
懇願され、私は牢の入り口で困ってしまった。

エリオットが傷つくのは嫌だけど、牢に入るのをあきらめられるのか。
改めてやり直せるかと自分に問いかけると……。

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