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■サーカス到着と道化の出現

久しぶりに見る帽子屋屋敷は、思った以上に飾り付けが進んでいた。
ハロウィン・パーティーは本当にすぐなんだろう。
私は片足をちょっと引きずり気味に歩き、どうにか屋敷の扉を開ける。
――どうか参加出来ますように。
そしてその後は、庭園を横切り、出来るだけ早歩きで出口を目指した。


……『鎮痛剤』効果は強力で、しかも即効性だった。私の足の痛みは、すぐ消失した。
でもエリオットの部屋は、扉にも窓にも厳重に施錠されている。
おかげで、部屋を出るだけで、かなりの労力と時間を要してしまった。
――サーカス。もう始まっているでしょうか……。
私は急いで、誰もいない道を歩く。

でも誰ともすれ違わない。みんなサーカスに行っているらしい。
特に何ごともなく門に至る。一瞬だけ緊張したけど、力を入れて押すと、ギィィッと
音を立てて左右に開いた。
「門に鍵もかけないんですか……」
まあ帽子屋ファミリーに泥棒に入ろう、なんて度胸のある人がいるわけないけど。
それにしても無警戒な。
呆れはしたけど、おかげであっさりと外に出ることが出来た。
「よし……」
私は道沿いに、出来るだけ早足で歩き出す。
目的地はサーカス。もちろん目当てはエリオットだ。

とにかくエリオットに会う。もう二人の話し合いだけは無理だろうから、その場に
いるだろうブラッドに仲介を求め、三人で話し合う。
頭に血がのぼっているエリオットも、ブラッドの言うことなら耳を傾けるはず。
そして悪化した関係を中和させる。それが私の計画だ。
――それでもエリオットが頑なだったら……。
もうダメなのかもしれない。いやいや、まだあきらめるのは早い。
とにかく紅茶を淹れよう。美味しい紅茶をみんなで飲めば……。
考えながら歩いていると、足にぬるい温度を感じた。
「…………」
見下ろすと、下の服が赤でべったりと……うわ、我ながら怖い!
包帯から赤がにじんで、さらに上の服を汚したらしい。
まあ、そりゃそうか。痛みが消えただけで、傷が消えたわけじゃないし。
都合の良い不思議の国でも、都合良く傷が消えるには、まだ時間帯が足りない。
赤の量が多いせいためか、痛みはないはずなのに、汗がにじむ。
私は包帯をぎこちなく巻き直し、ヨタヨタと道を進む。
うう、引きこもり生活が長かったから日の光が痛いよう。
「はあ、はあ……」
サーカスまでは一本道。ふだんは騎士くらいしか迷わない散歩道だ。
でも今の私にはあまりに遠かった。

「っ!!」
目を開け、道に倒れていたことに気づく。
さながらカエルのごとく……何だろ何か元の世界のトラウマを喚起されそうになった。
危険だから考えるのは止めときましょう。
とにかく、ちょっと意識が途切れていたらしい。
私は慌てて起き上がり、足下を見る。
すると、包帯はすでに効力を放棄し、赤が地面を染めていた。
――ちょっと、ちょっと、ちょっと。
ここまで振っておいて、こういうオチはひどすぎる。
あと地面で寝て、頬に跡がついたし!
もう何回、時間帯が変わっただろう。
私は再び立って、さっきより若干近づいたサーカスの方向に歩き出した。

エリオット……あなたと一緒にサーカスが見たいんです。

…………

…………

「サーカス、終わってるし!!」
そしてサーカスの前で絶叫しました。

そう。散々苦労してたどりついたとき、すでにサーカスは終わっていました。
帰るお客さんが、わらわらとテントから出てくるところでした。
「屋敷で待ってれば良かったんじゃないですか!ここまで来て損しましたっ!!」
出店のあたりでキレて痛い絶叫をする、私ナノ。
服を濡らす赤もあって注目の的であります。
「ん?今、何か絶叫が聞こえませんでした?陛下」
騎士の声が聞こえ、あわてて近くの木の陰に隠れた。
「ああ、聞こえたのう。若い娘の悲鳴だった気もするが、どうでも良いわ」
「卑しい悲鳴でしたね。きっと男と痴情のもつれでケンカしているのでしょう」
違うわ!!とはいえ、出て行けない。
足から赤いのをダラダラ流した状態で、ハートの城の連中に見つかっては厄介だ。
事情を説明しようがしまいが、連れていかれてしまう。
だから私は隠れた状態で、コソコソと茂みの中を進む。
視線を感じた気がしてチラッと振り返った。
騎士と女王がちょっとこっちに手を振った。そう見えた。

…………

流れる赤の量の多さに、焦りを感じつつも歩き続ける。
帽子屋ファミリーの人たちはどこにいるんだろう。
どうしても見つからない。
腹が立つことに他の領土の人たちには結構すれ違う。
もちろん、事をややこしくしないよう隠れたけど、何人かには気づかれた。
猫さんは毛を逆立てて私に近づこうとし、オーナーさんに止められていた。
補佐官殿も、血相を変えて、こちらに走ってこようとしたけど、時計屋に阻まれて
何やら言い合いになっていた。私はその隙に、急いでその場を離れたものだ。

――エリオット……。

見つからないほどに不安が募る。
とにかく会いたい。エリオットに会いたい。
もしかすると、話し合いなんてただの口実だったのかもしれない。
私だって、本当は会わずにいるのは耐えられない。
それくらい、気がつけばあなたに……。

「そう思っても、君の心は複雑すぎる。複雑すぎて迷ってしまう。だろう?」

「……ジョーカー」

そこにいたのは、今は道化の姿をしたジョーカーだった。
何もせず、腕組みをしてそばの木にもたれている。

「だから君はここまで来てしまうんだ……いつも俺に会いに」

と、道化に似つかわしくない鞭をつきつける。
そして次の瞬間に、私は監獄にいた。

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