続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■たかがウサギ

「はあ……」

私はうなだれる。そして、色んなことを頭の中で思い浮かべた。
友達のこととか、飲み物のこととか、懐かしい影のこととか。

――負けていられない……。

時計屋に言われた。たかがウサギだと。
ブラッドに言った。したいようにさせてくれと。
エリオットに宣言した。あなたと対等になりたいと。
「負けない……」
そして私は必死でベッドの中を這いずり回る。
「ううっ!」
足を動かしただけでも辛い。
でも構ってはいられない。

――エリオット……あなたは私を馬鹿にしすぎなんですよ。

もう私は完全に屈服し、立ち上がる力なんて残ってないと思ってるでしょう?
でも、この程度の修羅場、私たちの間でいくつ乗り越えたと思っているんだ。

…………

…………

「到着っ……痛っ……」
そして何時間帯かかっただろう。苦労の末にベッドから下りて、床を這って。
痛みで何度か気絶しそうになったけど、どうにか目的の場所にたどり着いた。

そこはエリオットが書類仕事をする机の前だった。
歩けば十数歩なのに、ずいぶん時間がかかってしまった。
――確か、この引き出しに、秘密の箱が……。
私は机の前の椅子を支えに身体をのばし、引き出しをいじくる。
一つ目を放り出し、その奥に手を入れ、ガチャガチャと仕掛けをいじる。
そして、目的のものが出て来た。
ゆっくり引くと音を立てて外れた。引き出しの奥に設置された秘密の箱だ。
以前に、私が寝てると思ったエリオットが、箱を出すのを見たことがある。
彼はマフィアの2だし、きっと重要書類を隠したりしてたんだろう。

私は喜び勇んで、その秘密の箱のフタを開け、
「よし!アレを隠すとすれば、この中のはず……!」
と、言葉を切る。箱を開けてまず目に入ったのは……。
……男め。私に見せられない××雑誌を、箱に大量に隠してやがった。
そうですか最近のブームは巨乳ですか。悪うございましたね。私の胸じゃご不満で。
と、足を大きくお開きになった、巨乳ねーちゃんの特集を、ワナワナしながら読む。
そして××雑誌を全部出し、トントンと整え、机の上にそろえて置いてやった。
くっくっく。帰ったとき、絶望に悶え苦しむがよいわ。
「……て、それどころじゃねえですよ!!」
と、私は本を出し終えた箱の中を必死で漁る。
「あった!やっぱりここでしたか……!」
ブツは意外とあっさり見つかった。


私は取り出したものを複雑な思いで見つめる。
「あんまり、こういうのは飲みたくないんですが……」
自分で声に出して確認するまでもない。
それは、ケースに入った錠剤。いわゆる鎮痛剤だ。

そう。単なる『鎮痛剤』。

それが何で私の目に触れない場所に隠してあるかと言えば、強力すぎるから。
帽子屋ファミリーが作ったもので、鎮痛に関する成分を、市販のものに比べ、相当に
増強しているらしい。
麻薬とまではいかないけど十分、グレーゾーンに入るものだ。
こういったものは強力すぎるだけに、効果が切れた後の苦痛が凄まじいらしい。
……とは仲が良かったころのエリオットの説明。

『こう言う薬はな、すごく危険なんだ』

エリオットは目玉が出るほど高いというその薬を、怖い目でにらんでいたものだ。
効果の強い薬ほど、精神的、肉体的な副作用もまたすごいもの。

『だからよっぽどって時しか、俺は使わねえし、おまえにも使ってほしくない』

私はそのとき、よく分からない顔でうなずいた。
そしてすぐに興味を無くして、紅茶を淹れる作業に戻ったものだ。

でもエリオットは危険だというのに教えてくれた。
あれは、いざというときに使え、という意味だったんじゃないかと思う。
そう、今のようなときに。

「エリオット……」

私はじわじわこみ上げる痛みに汗をかきながら、手の中の錠剤を見つめる。
これが正しいことなのかは分からない。
私が手にするのは裏社会のものだ。
銃はなくとも、エリオットの世界に触れるものは、そこらにあふれている。
ずっと触れたくなかった。でも彼に近づきたいなら、清いままではいられない。
「…………」
私はコップの水を持ち、まだ少しためらう。

『だから、俺が、怖くないだろ?』

いつか聞いたエリオットの言葉が頭に浮かぶ。
そして私は、顔を上げた。
「あなたなんて怖くないですよ。たかがウサギなんだから!」
そして錠剤を口に入れ、コップをあおり、一気に飲み干した。

3/6
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -