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■負けない!

「うう……」
目を覚ますとあたりは暗闇だった。
場所はもちろんエリオットの部屋だ。
「……ぅ……」
暗闇には苦しげな声が響く。手はしっかりとシーツをつかみ、全身が汗びっしょり。
「ナノ……」
上半身に何も着てないエリオットが、背後から布で汗をぬぐってくれる。
けど、私の苦痛を和らげる何かするわけでもない。
むしろ『それでいい』とさえ取れる沈黙具合だった。
え?××シーンはどうしたって?とうに終わりましたがな。
実は、快感どころか苦しいだけの内容だったので、正直、思い出したくないのです。
一切足を動かさず××するなんて無理で、どれだけ優しい愛撫を受けても痛みに気を
取られては気持ちよさもあったもんじゃないし。
……というか最後のあたりの記憶がない。
どうも痛みで、また行為の最中に意識が飛んだらしい。
エリオット、大丈夫だったのかな。潤滑剤は使ってたものの、何かイロイロと。
まあ、今は話しかけても返事をしてもらえないのですが。
「…………」
声を出さないよう、うめいていると、慰めるように、後ろから抱きしめられた。
暖かくて大きな腕。ここは痛みに寄りそう、と表現するトコなんだろう。
けど痛みの源は、この凶悪ウサギですし……。

それにしても、一体、どれだけ外を見ていないんだろう。
窓の外に紅葉が見えるから、まだエイプリル・シーズンは終わってないはずだ。
けど、今のままではエイプリル・シーズンが終わっても出られるかどうか。
――もう、外に出られないんでしょうか……。
ケガ治るたびに撃たれては、いずれ自分の精神が破壊されてしまう気がする。
エリオットは本当にそれでいいんだろうか。私たちは、もう……。
私は痛みから必死に意識をそらし、慰めを求めて手を伸ばす。
と、何か暖かいものに触れた。ウサギさんの耳に。
相変わらず垂れている。何をしている間も垂れっぱなし。

――そうだ、エリオットにとっても、この状況は本意じゃないんですよ。

耳が何よりの証拠だ。無表情でも、彼の耳はずーっと垂れ下がっている。
よりによって、ウサギ耳に精神を支えられる。でも心にかすかな光が差し込んだ。
――なら、必ず打開策があるはず。
ただ……どうアプローチしたものか。
今のエリオットは下手に刺激すれば、何をするか分からない状態なのだ。
「……ぅ……」
苦痛をおし、涙をにじませ、私はどうにかエリオットを振り返る。
「……っ」
背後から抱きしめていたエリオットの目が、やや驚きに見開かれる。
「…………エリオット」

やっぱり嫌いになれない。私がエリオットの物なら、エリオットだって私の物だ。

「あなたを愛してます……」
それだけ言って、やっと唇を重ねる。
拒絶はなかった。
嘘だろうと、頭から否定する言葉も。
ただ抱きしめてくる。強く、深く。
ふと見上げると、耳の垂れ具合がちょっとだけ元に戻っていた。
それにほんのちょっとだけ、私は笑った。

…………

窓の外は昼の陽光だった。
エリオットがシャワーから出たとき、私も身体を拭き終わっていた。
「お願いしますです」
と、汚れたぬるま湯の入った洗面器、あと布を差し出す。
まだ痛すぎてお風呂に入れないので、身体を布で拭かせてもらったのだ。
エリオットは無言でそれを受け取って、バスルームに戻り、さっさと片づけた。
そして私には声をかけず、朝食用のバスケットをこちらによこす。
「ども」
フタを開けると、ニンジンサンドとニンジンジュース、それとニンジンクッキーと
ニンジンのスティックという、ウサギになりそうなメニューが入っていた。
でもどう見ても一人分だ。
「エリオットは?お外で食べるんですか?」
「…………」
返事は来ない。エリオットは自分の髪を適当に拭き、手早く服を身につけていく。
うーむ。こうして昼間の光の中で見ると、やっぱりやせてきてるなあ。
元々大柄なんだから、もっと食べないと、すぐモヤシになってしまうのでは。
いやいや、最近は細身の方がウケたりするのだ。
とはいえエリオットが、そうなのはちょっとアレかな。
「エリオット。私はあんまり食欲がないから、ニンジンサンドを半分どうぞ」
「…………」
背を向けられた。
えー?ええ!?あのエリオットがニンジンサンドに見向きもしない!?
差し出したサンドイッチは無視されたまま私の手の中に残り、エリオットは何も
聞こえなかったかのようにネクタイをしめる。
……て、ネクタイって、スーツ?あのマフィアスーツ?正装?
「エリオット!サーカスがあるんですか!?」
ついベッドから身を乗り出し、大声を出す。でも返事はない。
「私もサーカスに行きたいです。ねえ、連れて行って下さいよ!」
サンドイッチをかじりつつ訴えた。うんうん、どんなときも食べませんと。
でもやっぱり返事はない。
エリオットはそのまま銃をホルダーにおさめて、身支度をととのえ終わる。
「エリオット……」
私はそっと目元をぬぐう。
でも負けていられない。これまで、あまり会話をかわさないながら、出て行くときは
キスをしてくれた。今回もそうだろうと目を閉じた。

……聞こえたのは無情に扉を閉める音だけ。見事にスルーされました!
あ、もちろん鍵も厳重にかけられたし。

何か恥ずかしい……。

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