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■垂れ耳と足をぶつけた話

窓の外は宵闇だった。使用人さんや双子の楽しそうな声が聞こえた気がする。
何をやっているんだろう。
まだあまり歩けないから、窓辺で確かめることも出来ないけど……。
「おい」
「っ!」
エリオットに不機嫌そうな声をかけられ、私は慌てて窓から注意を戻す。
そして、瓶を持ち、こちらに突き出されたグラスに急いでお酒を注ぐ。
私には銘柄さえ分からない、とにかく高そうなお酒だ。
エリオットはお礼も言わずそれを一気にあおり、もう一度グラスを突きつける。
私はまたお酒をそそぐ。

エリオットは今、前をはだけたシャツとズボン姿。
私は下着姿。小さなパールをあしらったシルクの高級品。
いや、マジで、どうでもいいですな。
ただれている……とてつもなくただれている。
で、つぎ足した酒もまた一気飲みし、さらにグラスを突き出す。
これで何杯目なんだろう。
私は床に転がった何本かの酒瓶を見、恐る恐る、
「あ、あの、あまり飲み過ぎない方が……」
「…………」
「ご、ごめんなさい!」
よどんだ目に睨まれ、身体がすくむ。そして何かされる前に、急いでお酒をついだ。


エリオットはひたすら飲み、私はお酌をさせられている。
息どころか空気が酒臭い。ずっと部屋を換気してないからだ。
そして部屋も雑然としている。ウサギは清潔好きだというのに、室内は乱雑に汚れ、
ベッドの周りには酒瓶がゴロゴロ転がっている。
そして部屋の主たるエリオット。
元々乱れがちな生活が悪化しているし、本当に食べているのかも心配になる。
つやつやしていたニンジン色の髪はパサつき、ウサ耳の毛も荒れている。

……あと垂れている。耳がずっと、ずーっと垂れている。
このままロップイヤーになったらどうしよう。

とはいえ、今や耳だけが、エリオットの感情を知る唯一の手段だ。
他は本当に何も読めない。
あれだけ明けすけで、大らかで、分かりやすかったウサギさんが、完全に感情を
隠している。私に話しかけることも、ほとんどなくなってしまった。
「…………っ!」
酒を一気にあおったエリオットは、叩きつける勢いでグラスをテーブルに置く。
そしてギロリと私をにらむ。
「…………」
求められている気がして、私は恐る恐る彼の頬に手をあて、自分から唇を重ねる。
「っ!!」
すると身体を強く抱き寄せられ、こっちの倍の倍の強さで唇を押しつけられた。
「ん……ぅ……」
ううう……キスはいいけど酒臭い。
さっきまで酒を飲んでたから、絡む唾液にまじってアルコールが入ってくる。
「…………」
そしてシルク地の上から、身体に触れられた。
唇を離したエリオットが少し頭をかがめ、布越しに、舌で胸に触れる。
「ん……っ!」
上ずった声がつい出てしまう。うん、だってね。上は本当に『一枚』だから。
胸のラインとかね。先ほどからくっきりと出ていましてね。もう。
――ていうか、またこの流れですか。

寝るか酒を飲むか、私を抱くか。最近は言葉もかわさず、そんなことばかりしてる。
私はチラッと酒瓶を見る。アレを飲んだら自分も楽になれるんだろうか。
いや、そんなはずはないか。現にエリオットはもっと苦しそうだ。
「ナノ……」
聞こえるか聞こえないかの声で私を呼ぶと、エリオットは私をベッドに押し倒す。

「ん……」
両手を押さえ込まれているけれど、もともと抵抗なんて無理だ。
少しやつれたエリオットは、私を愛撫しながら、何度もキスをする。
まあ、こういう流れはともかく、足の傷が痛いんですよね……。
そして、エリオットが確かめるように私の足にそっと触れた。
傷に触れられ、私はいつものように顔をしかめ……
「あれ?」
あ、痛くないや。エリオットも気づいたのか、ハッとしたように起き上がる。
「……っ」
そして情事そっちのけで、私の足の包帯をほどく。
「あらら」
痛々しかった傷跡は、すっきりきれいなお肌になっていた。
私はホッとして、
「良かった。これでまた歩けますよね」
と呟いた。とにかく生活が色々楽になるのは助かるし、外に出て助力を求められる。
「…………」
エリオットは返事をしない。ただ、どこからか何かを取り出した。
「エリオット?」
私は、続きをしないのかと見上げる。
あれ?エリオットが持ち、私の足を狙っているソレって、確か……

…………

…………

目を開けると、エリオットのベッドの中だった。
「あれ?」
何だか記憶が飛んでいるような気がする。
いやー、でも、飛んでても問題はないですか。
最近は××されて寝て××されて食べて××されて酒をつがされて、お風呂場で背中を
流させられて××されて……えーと、以下略。似たような生活だもの。
ちょっと記憶が飛んでも困るような変化はないはず。
現に窓の外は夜で、ここはベッドの中。
ウサギさんはいないけど、身体に残る感覚と気だるさからして××の後だろう。
やれやれ。お盛んなことで。
「…………」
それにしても全身がやけに熱い。いや、寒い。ノドが渇いて仕方ない。
というか体力がやけに奪われているような。例えばそう、脱水症状に近いのかも。
まるで、身体から大量に赤が出たときのような……。
「あ」
枕元のテーブルに水がたっぷり入ったコップがあった。
ケガも治った私は、身体を動かし、喜んで手を伸ば――

「――っ!!」

焼けるような激痛に悲鳴を上げそうになった。
いや、本当に悲鳴を上げたのかもしれない。
それが分からないくらい痛みで意識がいっぱいになった。
「ぅう……っ!」
水のことも忘れ、身体を折って苦痛に必死で耐える。
「…………」
汗をびっしょり流し、どうにか身体の震えを止める。
そして痛かった箇所を動かさないように動かさないように、そっと身体を起こした。

足は真新しい包帯でグルグル巻きにされていた。
でも赤が止まらないのか、今も包帯から染み出している。うう、ホラーだなあ。

――えーと、でもいつこんなケガを?

首をかしげる。まあ、私はドジだから、どこかにぶつけたんだろう。
包帯を巻いて水を用意してくれるなんて、エリオットも無口になったように見えて
やっぱり親切だなあ。
そして私は今度こそ、足を動かさないように手を伸ばし、コップの水を一気のみ。
「ふう……」
で、もう一度ベッドに戻り、目を閉じた。

まあ痛みがひどすぎて一睡も出来ませんでしたが。

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