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■サーカスへ・中

クローバーの塔の、ユリウスの部屋の前。
私は、三月ウサギと時計屋に取り合われるという、世にも奇妙な事態に陥っていた。
恋愛絡みの奪い合いではないのが唯一の救いか。いえ、腕は痛いですが。

釣り上げられた宇宙人状態で、私は男性二名を見上げた。
「あの〜とりあえず、ここは廊下ですし、三人でお茶でもしませんか?」
けどエリオットは私の腕を引き寄せる。
「今さら割って入る気か?時計屋。言っておくが、こいつのダメさ加減はここの夢魔
以上だぜ?おまえなんかに、飼いこなせねえよ」
逆側からユリウスも引っ張ってくる。
「奪われた玩具を無理に持ち帰っても、壊れるときが早くなるだけだ。
おまえはまず女の扱い方から覚えろ」
「はっ!どうせおまえは、こいつが最初の女だろ?
時計野郎に色恋を諭されちゃ俺も終わりだな」
いや、だからユリウスとは何も無いんだって。
そして両者から引っ張られる。浮く。そろそろ足が宙に浮く!!
私の苦鳴を聞きとがめたのか、ユリウスは、
「おい三月ウサギ。こいつが嫌がっている。離してやれ」
「俺はウサギじゃねえ!おまえこそ離せよ。ナノが苦しそうだろ」
両者、それでも離さず、さらに引っ張る。苦しい。そろそろ本当に苦しい。
私のために争わないで、とか言ってる場合じゃない。か、肩が外れます!!

「三月ウサギ。私が離したら、こいつを無理やりに連れ戻し、過酷な私的制裁を
与えるつもりだろう?」
「俺はウサギじゃねえ!てめえこそ!すぐ後ろの自分の部屋にこいつを引き込んで、
巣穴にこもるつもりだろう!ナノにカビを生やす気か!」
生えるか!てか『過酷な私的制裁』を否定しないんですか、エリオット……。
「横恋慕するなら遅すぎたな、時計野郎。
こいつは心身ともに俺の物で、こいつだって、それを認めてる」
見下ろされ、ビクッと背が強ばる。すると逆から抱き寄せるようにして、
「ならなぜ、こいつが逃げ出した。自分の女と確信するなら、なぜ撃とうとした。
おまえたちはどうかしているし、正常な関係ではない」
「俺の物をどうしようと俺の勝手だ!」
それを聞いたユリウスは呆れたように言う。
「ガキの言い分だ。まるで駄々っ子だな、三月ウサギ」
「俺はウサギじゃねえ!……ガキだと?引きこもりの時計屋に言われたくねえよ!」
「そんなことでは、こいつはいずれ壊れる。いや、もう壊れているかもな」
「何だと……!」
再度、二人に見下ろされ、私は居心地が悪い。
でもエリオットに見られると、心のどこかがくすぐったく、そして熱くなる。
やはり勇気を持って帰るべきだろうか。
何も帽子屋屋敷で孤立無援ってわけじゃない。
みっともなく泣きわめいて助けを求めれば、ブラッドや双子は協力してくれるはず。
「あの……エリオット、ユリウス……私、帽子屋屋敷に戻――」
「なら、もっと分かりやすく話し合うか?三月ウサギ」
「俺はウサギじゃねえ!……ああ、時計野郎にしては、話が通じるな」
スルーされた。そしてエリオットが初めて、ユリウスにニヤリと笑う。
どうでもいいけど『三月ウサギ』→『俺はウサギじゃねえ!』は省略出来ないのかな。

「――っ!!」

突然、バッと両側から腕を放され、支えを失った私は危うく手をついてしゃがんだ。
瞬間に、耳に痛い銃声。頭上で始まった銃撃戦。
「わっわっ!!」
慌てて頭をかばい、地面に伏せる。撃ち合うのは三月ウサギと時計屋だ。
いちおう奪い合われてる立場なので、多分私を撃たないようにはしてるはず。
……でも間近で銃弾をやりとりされ、気が気じゃない。
慌てて立ち上がり、時計屋の部屋のドアを開けようとし、

「逃げるな、ナノっ!!」

エリオットの声に、足が止まる。怖くて身体が動かない。
「そうだ。そのままそこにいろ。すぐ時計野郎を始末して、終わらせてやる」
エリオットは言うことを聞いた私に、満足そうだ。
私は彼の機嫌を損ねなかったことに、ホッとする。
そのとき、

「ナノ、おまえはどうしたいんだ!」

ユリウスの叱責に、再び身体が動く力を得る。
「意志を持って動け!こいつを怖がるな!たかがウサギだ!!」
「俺はウサギじゃねえ!」
三月ウサギが撃ち、ユリウスがかわす。
私の目の前で銃弾が飛び交い、こちらはただ立ち尽くし。
そしてハタと気づいた。

――あ、そっか。ユリウスは心配してくれてるんですね。

フラフラしてて言いなりになってる私を、ずっと案じてくれていたのか。
改めて思うけど、懐に入れた?人間には親切なんだなあ。

そして思う。
時間を戻すことは出来ない。ユリウスはいい人だけど、知り合ったばかりの彼に、
これ以上の迷惑はかけられない。なら、どうすればいいんだろう。

――でも、ここから先は私一人で何とかしないと……。
例え難しくても、一度は失敗したとしても。あきらめたら終わりだ。

そのとき、

「おまえたち、塔の中で騒ぎを起こすな!!」
塔の補佐官殿が走ってくるのが聞こえた。
「っ!!」
彼の声に、ユリウスが一瞬だけ動きを止める。
「もらったっ!!」
そしてエリオットが銃を構え、嬉々としてユリウスを撃とうとし、
「――っ!!」
私は飛び出した。

…………。

あー、かばっちゃった。すごいですね、私。ヒロインっぽいなあ。

『ナノっ!!』

すごい声が聞こえる。
撃たれたのは足。私の足だ。
多分本当は、ユリウスの時計のあたりを狙っていたんだろう。
でもエリオットは寸前で私が割って入ったのに気づき、銃弾の軌道を変えたらしい。
とはいえ足。ここって、確かぶっとい動脈が流れてなかったっけか。
かなり赤いのが出てる。みるみる足を流れ落ち、靴まで濡らす。
そこからさらに染み出し、床に広がって。
こういう赤って洗剤で落ちるかな。最近、足をケガしてばっかだ。

と呑気に考える。傷が深すぎてか痛みを感じないし、どうも現実味がなくて。
間近の銃声で鼓膜がきーんとなったのか、何も聞こえないし。

そして何かが私を抱える。
もちろんエリオットだ。肩に抱え、必死に走って行く。

視界は激しく揺れるけど、音が聞こえない。
ユリウスは……さすがに後ろから撃てないらしい。
チラッと後ろを見ると、蒼白ながら苦虫をかみつぶした顔でこちらを見送っていた。
何かを私に言ってる気もした。えっと『何かあったら逃げてこい』?喜んで!
でも……あー、あれは猛烈な自己嫌悪に襲われてる顔ですね。
けど良かった。いつまでも迷惑をかけられないし。
これからは本当に自分で何とかしないと。

本当にありがとう……ユリウス。
色々助けてくれて。過去には戻れないと教えてくれて。
変わらないものもあると教えてくれて。

そうだ。あとで珈琲を淹れて慰めてあげよう。すごく美味しい珈琲……。


それきり、意識が途切れた。

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