続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■サーカスへ・上

トントンと、部屋の扉を叩く音がした。
私はハッとして顔を上げる。泣き疲れて、椅子の上でうたた寝をしていたらしい。
ユリウスはまだ帰っていないようだ。

「――?誰ですか?」

でも返事の代わりに、またノックの音。

「?」
私は首をかしげた。
ユリウスの部下ならノックどころか扉を壊すし、補佐官や夢魔は名前を名乗る。
塔の職員さん?それとも時計を持ってきたお客さんだろうか。
「今、開けますね」
私はそっと椅子から降り……い、痛……ヨタヨタと扉まで歩く。
そして扉をそっと開け、
「すみません、ユリウスなら出かけていますので、私が言づてを……」

瞬間、扉がバンっと開き、手首をつかまれた。

「!?」
そのまま外に引きずり出され、ワケが分からないまま、何かに抱きしめられる。
数秒だけパニックになったけど、すぐに理解した。
こちらの苦痛を考えない強引な抱き方、時間帯が経っても落ちない硝煙の匂い。

「……エリオット。おケガは大丈夫なんですか?」
抱きしめられた胸の中で、それだけやっと聞いた。

「ケガ?何の話だ?」
私を抱きしめる三月ウサギ。本当に心当たりがないようだ。
何となく手を伸ばし、撃たれたあたりを撫でるけど、包帯さえ巻かれてない。
そこそこの時間帯が経っていたとはいえ、何つう回復力だろう。

「良かった」

そんな言葉と微笑みが、自然に口からもれた。
「ナノ……」
そして、少し身体が離され、頬にエリオットの大きな手を感じる。
それだけで頬が染まるのを感じた。
――エリオット……。
暖かい。一瞬だけ、彼にされたこと、脅されたこと、逆に私がしたこと、何もかも
忘れてしまって熱い思いに浸る。
「……会いたかった……」
頬の手があごに下り、そっと持ち上げられる。私は大人しく目を閉じた。

そしてキスをされる……かと思ったけど、何もされない。
「?」
代わりにエリオットの手が離れた。
私は半分ガッカリして、目を開けてエリオットを見上げる。彼は、
「止めておく。時計野郎との間接キスなんざ、ごめんだからな」
う、うん。それは色んな意味で嫌だろう。いや。そうじゃない!
「……あの、私、ユリウスとは何もなかったですよ?」
「はあ?自分で浮気を認めておいて?時計野郎と同じ部屋にずっといて?」
疑惑100%な冷たい視線が返ってきた。え、ええ、まあ、ですよね。
そして甘い空気がガクッと、刺々しいものに戻る。
――やっぱり、信じてはくれないですよね。
私は失望に肩を落とした。
そして疑われた苛立ちだろうか、その言葉はスッと出た。

「ねえ、別れましょうよ、エリオット。私たち、どれだけ時間帯が経っても絶対に
合わないですよ」

「断る!おまえを離す気はねえ!!」

エリオットも即答だった。そしてとても怖い目で私をにらむ。
それだけでゾクゾクと恐怖が背筋を這い上がった。
やっぱり怖い。離れていただけ、愛しさと同時に恐怖も増幅していたようだ。
「え、エリオット……」
怯えて後じさる私に、エリオットは完全優位を確信したのか、ニヤリと笑い、私を
抱き寄せる。そして私の肩に顔をうずめ、耳元で低く、

「俺はおまえが好きだ。
だから思い通りにならないなら、どんな手段を使っても俺に従わせる。
俺から……逃げられると思うな」

私は引きずられそうになりながら、必死で踏ん張って身体を離す。
「に、逃げますよ。乱暴な人は好きじゃないんです」
「だが捕まる。これからだって、何度でも捕まえる。
もっとも、次に逃げられればの話だがな」
と、ガンベルトに差した銃をチラッと見下ろす。
あああああ、何か私への対処法が確定しかかってないですか。
そして――

「人の留守の間に、コソコソと侵入とは、ウサギはいつからネズミになった?」

そして今のエリオットに劣らず冷たい声がする。廊下の向こうだ。
「ユリウスっ!!」
「時計野郎っ!!」
時計屋ユリウスが、感情の見えない顔で立っていた。
私は心に勇気の光が差し込み、ユリウスの方へ走ろうと、
「どこへ行くんだ!」
「わっ!」
とエリオットが私の片手をつかんで戻そうとする。
けどユリウスへの牽制が優先したのか、

「てめえの出番はねえよ。馬の骨はすっこんでな、時計野郎」
と、私へのものとは、比べものにならないくらい、声にドスをきかせる。
そしてユリウスもツカツカと近寄り、私の逆の手を取る。

「この余所者は私が預かっている。銃で女を従わせることしか出来ないクズは去れ」
と冷淡な声で言った。

そして長身の男性二人に両手をつかまれ、挟まれた私は。

――これは……『連行される宇宙人』!?

と、どうしようもないネタに一人悶えていました……。

3/5
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -