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■枕はどうでもいい

「やあ、ナノ。また俺に会いに来てくれ……て、え!?」
エセくさい笑いを浮かべていたジョーカーの顔が、やや驚きに染まる。
「ジョーカー、監獄に入ることにしました。当分お世話になりますよ」
私は監獄の石畳を歩き、さっさと自分の牢の鍵穴に鍵を……
「ちょ、ちょっとナノ!!」
手を押さえられる。
今にも鍵を差し込もうとしていた手を。
「何するんですか、ジョーカー」
私は所長をにらむ。
「いや、入るのはいいけどさ。何だよ、君が脇に抱えてるソレは」
と指差され、私は自分が抱えたソレを見下ろす。
「『何だよ』と言われましても、特大サイズの最高級テンピュール枕ですが」
「何でそう当たり前の顔で……いや、枕持参で監獄に入る気かい!?」
「低反発のウレタンフォームが高密度に配合されていまして、首筋までをしっかり
サポート。私の快適な睡眠をお約束」
「いや、商品説明は求めてないからね!?」
「そうでしたね。あなたには買えませんものね……失礼しました」
「ちょっとナノ!そんな哀れむ顔で、頭を下げないでくれないかな!?
俺に枕を買う程度の収入もないとか、本気で思ってないよね!?」
「まあ枕の寝心地なんて、普通の方にはどれも同じですよねえ。
けどお金が許すなら、一つくらいは特級品を持っておきたいところです。
まあそういうのは、なかなか店頭に並びませんが、外商の人に頼めばすぐに……」
「ちょっとちょっと!!その『庶民を見下すセレブ』的な、嫌味な慰め方は止めて
くれないかな!本当に傷ついちゃいそうだからさ!あと監獄は持ち込み禁止だよ!」
「ジョーカー。私に、あんな石畳に寝ろって言うんですか?」
「罪人なんだから、枕くらい監獄の支給品を使いなよ!」
「枕が変わると眠れない性質なんですが」
「君の場合、変わりまくってるじゃないか!」
以下省略……ジョーカーは相変わらずノリが良うございました。

……で、監獄の床にジョーカーが寝ています。
「あ、これ、確かに寝心地がいいね」
帽子を取ったジョーカーは、私の高級枕を試し、ちょっとだけ目を輝かせる。
私はここぞとばかりに、彼の頭をなでなでする。
それに一瞬だけ、嫌そうな表情を見せながらもジョーカーは、
「これなら仕事の疲れもすっきり取れそうだなあ……」
「でしょでしょ?最高級ウレタンフォームが高密度に配合されて……」
「いや、だから商品説明はいいって」
「今なら驚きの低価格で」
「中古品を俺に売りつけるつもり!?」
「何とオマケに『ぶら下がり健康器具』を三セットおつけして」
「どう聞いても在庫処分だろ、それ!!」
「……まあ、あなたと話してると話が進まないので、このへんにしましょうか」
「全部、君が原因じゃないかっ!!」
毎度、りちぎにツッコミ入れてくれるなあ。
で、私は『監獄に入る』という本題を話そうと口を開き、
「あれ?」
その瞬間に監獄の輪郭が揺れて……

…………

作業場の窓の外は雪だった。
「漫才してたら、入り損ねたじゃないですか!!」
「……飛び起きるなり何だ」
ベッドの下から迷惑そうな声が聞こえた。
「あと、枕を取られましたし!!」
私はベッドから顔を出し、ユリウスに寸借詐欺被害を訴えた。
時計修理をしていた時計屋は、眼鏡をかけ直すと、心底から迷惑そうに私を見上げ、
「枕?枕なら、おまえが今、抱えているだろう……私の枕だが」
とムッツリした顔で言う。確かに私は胸にユリウスの枕を抱えている。
でも私はとんでもない!とユリウスの枕をバンバン叩き、
「違いますよ!こんな、くたびれたポリエステルの安物じゃないです!
テンピュールですよ、テンピュール枕!そりゃブームは過ぎ去ったけど、未だ各国の
セレブに評価が高く、何年使ってもフンワリがそのままだと熱狂的な愛好者が……」
「寝具メーカーの回し者か、おまえは!!寝ぼけているなら、そのまま寝ろ!!」
「あああ、ぶら下がり健康器の過剰在庫も一掃出来ると思ったのに……」
「本当に寝ぼけているようだな……」
ユリウスは頭痛をこらえるように、顔に手を当てた。
「あれ……?」
その頃には私も目が覚めてきた。

そうだ。ユリウスの部屋で無銭飲食……じゃない、泊めていただいてるんだった。
理由は、いちおう足のケガで動けないため。
で、やることもないので、ご飯をいただいて、お昼寝をしてたんでした。
――あれ?それと何だか変な夢を見たような……。
懐かしい人に会った気もする。かなり重大な夢だったと思うんだけど、なぜだか
『枕』の印象が強すぎて何も覚えていない。枕があれば思い出せそうだ。
だから私は、こちらをにらみつけるユリウスに、

「ユリウス。テンピュール枕を買って下さい」
「自分の金で買え!!」

これ以上にない正論でございました。あんな高い枕、買えませんって。

仕方なく、私は安物(失礼)の枕に頭を乗せる。
あまり使用されていないのか、不思議の国特有の逆行性のためか、新品同様に、
ふわっとした柔らかだった。
「…………」
目を閉じると、聞こえるのはユリウスが時計を修理する音だけ。
あまりに静かで安らいだ場所だ。
私は安心して、夢の中に……そしてムクッと起きる。

「ユリウス、ご飯はまだですか?」
「さっき食っただろう!!」
飛んできたスパナを軽やかにかわした私でありました。


でもチラッとだけ見たユリウスの顔は……ちょっと笑っているように見えた。

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