続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■店を改装した話5

「どうしますかね……」
食料庫を前に呆然とする。店を荒らした構成員の人。エリオットの部下だけあって
彼らの仕事は正確だった。
『最低限、生活が成り立つ程度の金』。
本当にそれしか残っていない。
つまり、食料品や商品の方は根こそぎなくなっている。
お金も確認したけれど、そちらも何日食べられるか、という額だ。
グレイにもらった紙幣も、苦労して手に入れたあの紅茶も、もちろん消えている。
どうやら、本当に兵糧攻めにするらしい。
私は空の食料庫を前に立ち尽くす。
「……お腹空きましたね」
――でも、本当に食べられるか分からないから、いいですか。
私はふらふらと歩き、店の出口に向かう。
そして何度も窓から外を確認し、やっと扉を開けた。
「う……」
日の光にくらりと視界が揺れるけど、強い私は踏んばる。
まあ、後のことは後で考えよう。
「仕方がないですね。ペーターにお昼ご飯だけごちそうになりますか……」
私はハートの城に向けて歩き出した。

…………
木々が流れるように後ろに過ぎ去っていく。
葉っぱが頬をかすめ、木の枝で肌を傷つけそうになる。
でも構ってはいられない。
「あはは。待てよ、ナノー!」
背後に迫る騎士は速度を速めず、むしろ緩めている。
でも決して疲れたというわけではない。
私を追いつめる遊びを純粋に楽しんでいるらしい。

ハートの城を目指し、いくらもしないうちにエースに遭遇した。
近道しようと森を歩いたのが運の尽きだった。
必死に走ってはいるけど、夕暮れで視界はきかないし、帽子屋屋敷ではブラッドに
いじめられっぱなしで、あまり食べてない。
もう足下がフラフラだった。
ハートの城は一向に見えてこない。
「わっ!」
ついに木の枝につまずいて、みっともなくコケる。
「ナノ、つかまえた!」
起き上がる間もなく、エースが後ろから抱きついてきた。
「エース……私、今疲れてて……」
「知ってるよ。また帽子屋さんに捕まってて、その前はトカゲさんだろ?」
言いながら私をこちらに向かせ、脱がせ始める。
「今は……本当に嫌なんです。私、ハートの城に行きますから、そこで……」
「あはは。ダメダメ。俺は今、ナノを愛したいんだ」
そう言って無理やりにキスをしてくる。
でも私だって負けてはいない。ねじ込まれた舌に遠慮無く噛みついた。
「……つっ!」
さすがにエースも痛そうな顔をして離れる。そして口元をぬぐうと、私を見る。
「…………」
そしてまだ痕の残っている私の手首を愛おしげにつかむと、一気に力を加えた。
「……っ!」
目の前で青白い火花が散り、本当に手首を握りつぶされたかと思った。
「あはは!そんなことするわけないだろ。俺は騎士だから、女の子にひどいことはしないさ」
「……どの口が、っていう言葉をご存じですか?」
でもこれ以上逆らったら何をされるか分からない。早々に抵抗をあきらめると、
エースは詫びの言葉一つ無く手を離し、また脱がせにかかる。
「好きだぜ、ナノ」
「私はあなたが大嫌いです、エース」
ハートの騎士は返事の代わりに、またキスをしてきた。

行為の最中、嫌がらせで彼の友人の名を何度も呼んでやった。
騎士様は萎えるどころか笑うだけだった。
ならエースでは無く彼に抱かれているんだと思おうとした。
……別の意味で想像不可能で、早く終わってほしいと願うしかなかった。

…………
「それじゃ、俺は先に城に行ってるぜ、ナノ」
「…………」
服を着る気にもなれず、私は汚れたまま、ぼんやりと空を見上げる。
あの野郎、一切後始末をせずに立ち去った。
――服、着ませんと。
せめて口元だけでもぬぐいたいと思い、手を持ち上げて『うっ』と痛みにうめく。
何が女の子に暴力をふるわない、だ。手首に立派なアザがついたし。
それに地面に何も敷かずにされたので、至る所、すり傷だらけだ。
――服、本当に……。
森の中とはいえ、誰も通らないわけじゃない。
服を着て身体を洗わないと。ハートの城に行かないと。ペーターに会わないと。
でもなぜだか何もする気が起きない。
――……塔があったら……。
慰めてくれて、大事にしてくれて、エースを思い切り叱ってくれるだろうな。
でも、今は無い。
気持ちを同じくするはずのエースは私に八つ当たりをする。
私はただ空を仰いだ。
――服だけでも、着ないと。
そのとき、ガサッと音がして、誰かが顔をのぞかせる。
「ちゅう……あ、落としものだ!」

眠りネズミのピアスが茂みから現れた。

5/12
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -