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■時計屋対三月ウサギ4

エリオットの思い込みは、彼にとって事実も同然だ。
私がいくら浮気を否定したって、三月ウサギの中では確定事項だし。
それこそ中世の魔女裁判のごとく、こちらが認めるまで詰問が続くのである。
そして偽証だろうと、私が認めたからには……

「この前は脅しだったが。今度は撃つしかなさそうだな」

あああ、視線が氷点下だ。
私のバカバカバカ!何だって、撃たれても毅然と否定しなかったんですか!!
……ビビって嘘をついた自分の軽薄さが、すごく痛い。

「腕か、それとも足か?」
「え、エリオット……」
下着姿で地面にへたりこみ、失禁しそうでありました。
つい、腕の中にあったユリウスのコートをギュッと抱きしめる。
でもエリオットはそれも不愉快だったようだ。
「分かった。腕だな」
「ああ!腕、腕は止めて下さい!ブラッドに紅茶が淹れられなくなります!!」
エリオットが本気で撃とうとしていたので、慌てて叫ぶ。
でも三月ウサギの冷酷な言葉は続く。
「分かった、足だな。ほら、立てよ。利き足で勘弁してやるから」
「…………」
逃げる手段はなさそうだ。
私はついに観念する。そしてユリウスのコートを抱きしめたまま立ち上がり、
「エリオット。こうする以外に、方法はないんですか?」
勇気の残りかすを総動員し、それだけ言ってみるけど、

「俺は馬鹿で、チンピラだからな。おまえを傷つけて怖がらせて、縛るしか、側に
いさせる方法が思いつかねえ。悪いな……」

いっそ悲しげな声だった。
私もため息をつく。
――やっぱり、従うほかに道はないんですよね……。
私も疲れた。もう足でも何でも撃たせて、気のすむようにさせるしかないだろう。
どうせ時間帯が巻き戻れば傷が治る世界だ。
物理的に動けないなら、私も自由にやりたい衝動が、おさまるかもしれない。
エリオットだって、撃った負い目から当分は優しくしてくれるだろうし。
――私って、本当にダメな奴……。
ユリウスのコートをギュッと抱きしめ、目を閉じてその瞬間を待った。

そして銃声が響いた。

「――ぐっ……!」

「え……?」

私はまだ撃たれていない。それどころか、今聞こえた声は……。
目を開けた。

三月ウサギが、脇腹を押さえていた。
そして鼓膜が破れそうなほどの銃の連射が開始される。
もちろん私に向けられたものではない。
「え?あれ?え?」
ポカンとして口をパクパクさせる私をよそに、エリオットは森の方角に銃を乱射
していた。撃った方向に赤い影が、かすめたように見えたのは気のせいか。
そしてエリオットが押さえている場所は……赤に染まっていた。

「エリオットっ!!」

その瞬間に全部忘れてしまった。
私は走り出す。
「エリオット!!エリオットっ!!エリオット!!」
馬鹿みたいに名前を何度も呼んで全力で走った。
「ナノっ!!来るんじゃねえ!狙撃されてるんだ!伏せてろっ!!」
エリオットが怒鳴るけど、だからといって従えない。
「だ、だ、だって、ケガを……っ!放っておいたら!!」
「いいからこっちに来るなっ!!俺のそばは危険だ!!」
完全にパニックな私は、とにかくエリオットの所に行かなきゃ、というだけで頭が
いっぱい。銃声もエリオットの命令もどうでも良くて、ただ走る。
「エリオットっ!!」
やっとたどりついて、止血だけでもしようと、エリオットの身体に手をのばし、
「離れていろっ!!」
「わっ!!」
エリオットにドンッと、思いっきり突き飛ばされた。
私はそのまま真後ろに倒れ……誰かに身体を支えられた。

「は?」
「行くぞ!!」
よく分からないでいると、エリオットじゃない男の人の声がした。
そして引っ張られるままに私も走り出す。
「へ?」
「てめぇ……っ!!」
今度は憎悪をはらんだエリオットの声。
私は状況の移り変わりについて行けず、目を白黒させる。

「時計野郎!!」

えーと、なぜか唐突に現れたユリウスが倒れかけた私を支え、手首をつかんでたのだ。
そして全力で走って行くところでして。で、後ろから至近距離を銃弾がかすめる。
でも現実味のない私は、今度は怖がるに怖がれず、呆然と下着姿で走っている。
「いい加減にしろ、三月ウサギ!!おまえの女まで撃つつもりか!?」
ユリウスは私の手を引きつつ、ふりむきざま、何発か威嚇射撃する。
「あ、えーと、撃つつもりなんじゃないですか?さっきも撃とうとしてたし」
エリオットの代わりに、私が呑気に返事をすると、ユリウスは舌打ちする。
「まったく、どいつもこいつも……」
と、私の腕の中のコートを奪い取った。
コートを取られ、そこで私はやっと我に返った。
「あ?あの、ユリウス!離して下さい!エリオットが撃たれたんです!
早く戻らないとっ!!」
握られた手首をブンブン振るけど、離してもらえなかった。
「あいつはマフィアの2だ。あの程度の傷はケガにも入らん。
それに戻ってどうする。腕だか足だか知らんが、冤罪で撃たれたいのか!?」
エリオットの怒声は後ろに遠くなっていく。追いかけてはこない。
もしかして、さっき見た赤い影が追撃を邪魔してるんだろうか。
「で、でも浮気を認めちゃったのは私ですし、撃たせたら、丸く収まるんですよ。
疑いを解くのはそれからにしようかと……」
「……三月ウサギに劣らず、三月ウサギの女も、アレなようだな」

へ?何かすごいこと言われた。あのユリウスに。
まあアレといえばアレですか。下着姿で森をずっと走り続けてるし。
というかエリオットが心配だ。本当に戻れないかな……。
と、困っていると、急に開けた場所に来た。
「抜けるぞ」
「え?」
目の前には、どこかで見たような木々が点在していた。
どれもドアの張りついた、奇妙な外観で……。
ユリウスはその一つを開け、中に飛び込む。
引っ張られてる私も、引きずられるように中に入り……。

「――っ!」

「はあ……」

やっと手首が解放された。私は下着姿のまま、やっと立ち止まって息をついた。
考えてみると、全力疾走させられ、わき腹が痛い。心臓がばくばく言っている。
「はあ、はあ……」
ユリウスの方は、やっとコートを着て一息ついている風だった。
そして下着姿のまま、ぜえぜえやっている私を見、
「……今、何とかする」
と言い、パンッと手を鳴らす。
「っ!!」
そしてさっきまで下着姿だった私は、一瞬でいつもの服に身を包んでいた。
「え?え?」
服を着られたのはいいけど、私はワケが分からず、キョロキョロとあたりを見回す。

そこはユリウスの部屋だった。

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