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■時計屋対三月ウサギ3

ユリウスが、私に小声で話しかけた。
「おい、おまえ」
「はい?」
銃でエリオットを牽制しつつ、コートに身を包む私を見下ろす。
「コートはもうあきらめた。私はここから離脱する」
「あ。はい。どうも、大変にご迷惑をおかけしまして。
すみませんです。もう本当にどうもすみませんでした」
何度も何度も頭を下げる。すると奇妙な沈黙があった。
怪訝に思い、顔を上げるとユリウスが、今度はエリオットを見ていた。
エリオットは猛獣の目で、撃つ隙をうかがっているようだった。
「おまえにひどい真似をしたのは、あのウサギか?」
と、視線を、草むらの上の引き裂かれた服にやる。
「いえ、その、ヒドいというほどじゃないです。元はといえば私が悪いので」
そういえばユリウスは、私がひどい目に合わされたと誤解してたんだっけ。
私は愛想笑いをしながら否定した。
「ちょっとケンカしただけなんです。本当に、大丈夫ですから行って下さい。
コート代はのちほど、クローバーの塔にお支払いしますから」
とにかく迷惑をかけたくない。立ち去ってほしい。
手を振り、早く行くように促すと、
「ああ、分かった……」
ユリウスはまだ何か言いたいようだった。けど、私が先に行動に出る。
「エリオットっ!!」
と、私は(もちろんコートを着たまま)走り出す。うう、結構重いなあ。
「ナノっ!」
エリオットが走ってくる私に目を奪われ、一瞬だけ時計屋から注意をそらす。
その一瞬を見逃さず、ユリウスは身を翻し、走り出した。
「あ、てめぇ!このっ!!」
エリオットが撃ったけど、そのときには、ユリウスは木々の向こう。
大きな背中は、あっという間に森の奥に隠れ、見えなくなっていた。
「この、×××××野郎がっ!!」
エリオットは少し追いかけ、悔しそうに何度か撃つけど、もちろん届くはずがない。
――良かった……。
私は安堵し、やっとコートを脱ぐと、急いで下着――激昂したエリオットが地面に
落としていたのだ――を、身につけて、ようやく一息ついた。
とりあえず、ユリウスのコートを畳んで胸に抱える。
出来ればエリオットから守り抜き、無傷で返したい。
あとはドレスだけだ。ドレスで帰るのは恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。
地面に落とされたドレスはニンジン色で、でも色をのぞけば可愛いデザインだ。
――でもこのドレス、一人じゃ着られませんね。
背中側にリボンがあり、エリオットに結んでもらわないと着られない。

「くそ、時計野郎、絶対に×す……っ!!」
悪態をつき、エリオットが息も荒くこちらに戻って来た。私は呑気に、
「あ、エリオット。ドレスを着るんで、後ろのリボンだけ……」
結ぶのを手伝って……という言葉はついにノドから出なかった。

エリオットが銃口を私に向けていた。
「覚悟は、出来てるよな」


……エリオットは一途ないいウサギさんだ。
好きな女を暴力でどうこうとか、本来ならそんなことしないウサギさんだ。
現に私が大人しく屋敷にとどまっていたときは、いくらでも甘やかしてくれた。
私が欲しいと一言でも口にしたものは、次の時間帯にはお屋敷に届いていた。
山のようなニンジン料理を、自分よりも私に食べさせようとする拷問……もとい、
それくらいの好意を示してくれた。

だけどまあ、私はそんないいウサギさんを、毎度怒らせてしまう。
彼が本心では嫌がることをさせてしまう。そんな私が悪いんだろう。

「エリオット。ユリウスは川で溺れそうだった私を助けてくれたんです。
もちろん、やましいことは何一つされてませんし、してません」
エリオットは、私が胸に抱いたコートを睨んだ。
「あんな浅い川で?あの野郎のことだ。俺がおまえから離れるのを待って……」
「ユリウスはそんなことをしませんよ」
「ナノ、時計野郎の肩を持つのか?」
「……そうじゃないですよ」
ちょっとムッとする。ユリウスを悪く言われるのも嫌だけど、溺れたという言い分を
頭から疑われた反感もあったかもしれない。
どうもエリオットは思い込みが激しくて困る。
あと下着姿で寒い!そろそろ服を着たいんですが、空気的に着づらい。
「本当に、どうしようもない女だぜ。要領は悪いのに嘘はつくし、フラフラしては
すぐ男を誘うし……」
エリオットの意地悪い声は続く。私は冷たく、
「そんな、どうしようもない女に引っかかった、あなたはどうなんです?」
「丁寧な話し方に見えて、実は口もキツイ」
エリオットは銃口をこちらに向けながら笑う。
「なのに、殺せねえ……」
銃声。銃弾が私の頬をかすめた。
「――っ!!」
私は、それでも平然と立ち、エリオットを見つめ……られるワケがなく、さっさと
へたりこむ。ビビった!超ビビったあ!!
「す、すみません、ごめんなさい、エリオット!超ごめんなさい!!」
「なら言えよ。時計野郎と浮気していたのか?」
「はい!超してました!私の方から色目を使ったらコロッと落ちましてですね!」

え?浮気どころか、相手にされてなかったんじゃないかって?
やましいことがないなら平然としてろって?
だ、だって至近距離で撃たれたら怖いじゃないですか!
ンなアニメか漫画のヒロインみたいな勇敢さを、私に求めないで下さい!!

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