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■時計屋対三月ウサギ2

昼間の川べりでのこと。
『三月ウサギ』エリオットと『時計屋』ユリウスが対峙している。
私は裸身をユリウスのコートで隠し、ユリウスの後ろに隠れる格好だ。
「ナノをこっちに渡せ!!」
エリオットは早くも銃を構え、時計屋に銃口を向ける。
えと、片手に私の服一式を抱えてますが。
しかし、その鋭い眼光は獰猛な肉食獣。今にも牙をむいて襲いかかりそうだ。
対する時計屋は冷静。スパナを取り出し、静かに銃へと変える。
「それで?渡した瞬間に、遠慮なく私を撃つつもりだろう?」
「……俺の女を人質に取るつもりか?」
エリオットの声が一段下がる。けどユリウスはせせら笑った。
「頭の悪いウサギに、人質などいるか。おい、余所者の娘。とっとと行け」
三月ウサギに銃を向けながらユリウスが促す。
「え、ユリウス……」
「おまえが戻らないと、私も帰れない。私は忙しいんだ」
「あ、そうですね……」
ま、まあユリウスは本当に通りがかっただけっぽいし。
命を助けられたのに迷惑がかかりすぎだ。とにかく一度戻り、エリオットをなだめて
その間にユリウスに逃げてもらおう。
私はコートの前をよせながら微笑む。
「えーと、では、本当にどうも。後ほどお礼を……」
「感謝するなら二度と姿を見せるな。行け」
シッシッと手を振られ、私はコートの裾を引きずり、頭を下げ下げユリウスから……

「待て、ナノ。時計野郎のコートは脱いで来い」

……は?

しかしエリオットの目はマジだった。
「時計野郎の物を着てるんじゃねえよ、胸くそ悪ぃ!!
脱いでこっちに来てから、すぐに服を着りゃいいだろ!」
「い、いえ、嫌ですよ、それは!!」
いくら何でも抵抗がある。数十秒とは言え、全裸で走るとか。
「コートを着たままそっちに行って、コートを投げ返せばいいでしょうが!」
さすがに怒るけどユリウスが言いにくそうに、
「いや、おまえが行くなり銃撃戦になる。返すどころではないだろうな。
……仕事にも使うコートだから、出来れば返してほしいんだが……」
時計屋はかなり微妙な顔だった。私は冷や汗を流しながら
「えと、ではですね。エリオット、服をこっちに投げて下さいよ!」
投げて投げて、と手を伸ばして促す。けどエリオットは疑わしそうに、
「だけど、投げた瞬間を狙って時計野郎が撃ってきたら……」
するとユリウスはムッとしたように、
「そんなことをするか。愚かすぎる振る舞いの数々、ウサギ以下のウサギだな」
「俺はウサギじゃねえっ!」
ああああ!ユリウス、挑発止めて!!エリオットの憎しみの炎が倍増しに!!

「じゃあすぐコートをお返しするのはあきらめます!
一度、お借りすることにして、のちほどクリーニングしてクローバーの塔に……」
「時計野郎の私物なんか屋敷に入れるか!!切り刻んで燃やすに決まってんだろ!」
三月ウサギが怒鳴りやがる。ああ、服は目の前なのに、何てややこしい!
「いいからコートを脱いでこっちに来いよ!ナノ!!」
「い、いえ、だって、私、コートの下は何も着てないんですよ!?」
大の男二人の前でストリップなんぞ出来るか!!
するとエリオットのオーラが陰鬱な黒をまとった……気がした。

「時計野郎の物を脱ぎたくない?ナノ、やっぱり時計野郎のことを……!!」
『はあ?』
ユリウスと私が同時に言う。

でもエリオットの視線に、私への憎しみが混じり始めていた。
「え、ちょ、ちょっと、エリオット!また変な誤解を!」
「時計野郎と何もないなら、さっさと脱げよっ!!」
「だから、出来るわけないでしょう!!」
しらふでコートを投げ捨て、生まれたまんまの姿で男二人の前を走れって!?
膠着状態に、ユリウスが助け船を出してくれた。
「おい、三月ウサギ。一度休戦しよう。とりあえず女の着る物をこちらに投げろ。
この女が着替えた後で、撃ち合いなり何なりすればいい」
もう悟った顔つきのユリウスが言う。私は『おお!』っとエリオットを見るけど、
「ナノっ!時計野郎と俺の言葉、どっちに従うんだ!
いいから、こっちに走ってこい!後は俺が何とかするから!!」
私はその前を何とかしてほしい!!
エリオットは、もう憎しみと嫉妬で、頭から冷静さが消え失せているらしい。
「ナノ!命令だ、来い!!」
「嫌です!!絶対に嫌ですっ!!」
私はコートの前をたぐり寄せ、泣き顔で言う。

そして錯乱気味な私をよそに、三月ウサギの瞳がすぅっと細くなる。
悲しげに。どこまでも冷たい怒りに彩られて。
「……やっぱり時計野郎に色目を使ってやがったのか」
「エリオットっ!信じて下さい!!本当に何も無いんですよ!!」
「ならすぐこっちに来い!時計野郎の物を、今すぐ身体から、はがせっ!!」
「出来ますかあっ!!」
何だってコートの脱ぐ、脱がないが浮気証明の流れに!?

「……もう、コートはどうでもいいから帰りたい……」
疲れ果てたユリウスの声だけが、川面に流れた。

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