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■時計屋対三月ウサギ1

空は夕暮れから昼間に転じる。快晴の下、川は穏やかさを取り戻していた。

「ほら、大丈夫か」
ユリウスに手を引かれ、バシャバシャと水しぶきを上げ、川べりに向かう。
「よし、しっかりつかまっていろ」
「あ、どうも、ありがとうございます」
そしてユリウスに引き上げられ、やっと濡れた素足を川辺に下ろした。
ああ、足が地面につく幸せ。
「助けて下さってありがとうございました、ユリウス」
髪から身体から、雫をポタポタたらしながら頭を下げると
「わ、私は仕事の帰りで、妙な水音がしたから気まぐれで見に来ただけだ。
いいから早く服を着ろ、慎みのない……」
なおも私から目をそらし、ユリウスは顔を赤らめながら言う。
そして私も困ってしまった。とりあえず両手で胸と下を隠しながら、
「あ、えーと、それが、着る物がなくて……」
「はあ?」
振り返ったユリウスは私を凝視し、また慌てて視線をそらした。
けど、何か見とがめたのか、チラッとこちらを見る。
私の身体の傷とか、エリオットにつけられた所有印とか。
そして最後に、地面に放置された、汚れた服の残骸を目にし、
……そしてハッとした顔になった。
「……そうか。すまない」
あ。ヤバ。何か大いなる勘違いをされた予感。

そしてユリウスは大きな黒いコートを脱いだ。
「すそが濡れているが、これで我慢しろ」
そして上から優しく着せられるコート。
わーい!ユリウスのコート!ユリウスのコート!あったかい!機械油の匂い!
……て、はしゃいでる場合じゃあないですね。
とりあえず裸身が覆えたのは良かったけどユリウスが長身すぎる。
私がコートを着ると、すそがモロに地面につきますねえ。
あと留め金一つしかないから、前を自分で覆わないと『下』が見えちゃうし。
「武器も持たない余所者の女に……クズが……」
ユリウスはまた私から目をそらし、吐き捨てるように言った。
そして濡れた私の頭を撫で、少し柔らかい声で言う。
「辛かったな。とりあえず役持ちがここに一人いる。帰るまでの安全は保証しよう」
「え、えーとですね、ユリウス……」
ユリウスの目が痛い。とんでもなく痛い。いたたまれない。
「それでおまえを襲った犯人の特徴を覚えているか?」
「いえ、その……襲われたわけじゃ……」
ユリウスは痛々しそうに私を見て、
「恥じて泣き寝入りをする必要はない。悪いのは全て犯人なんだ。エースを呼んで、
すぐに後を追わせる。考えられる限りの残忍な方法で始末すると約束しよう」
「いや、そのですね……」
「だから、その、絶望して入水など……」
「わー!わーっ!わーっ!」
コートの前を押さえるのも忘れ、大慌てで言葉を遮る。
――や、やっぱり、とんでもない勘違いされてますよ!
「お、おい!前を……」
「あ?わっ!!」
慌ててコートを寄せ身体を隠しながら、必死に抗弁した。
「ち、違うんですよ!別に襲われたとかそういうわけじゃないんです。
川のアレも、単に身体を洗っていただけで……!!」
するとユリウスは腕組みをして眉をひそめる。
「おまえの言っていることには整合性がない。それなら……」

「ナノっ!!」

怖すぎる声がした。
「あー……」
「えーと……」
ユリウスは非常に困っていた。
私も非常に非常に困っていた。
三月ウサギは怒っている。何かアニメっぽい炎のオーラが立つ幻覚まで見えた。
「時計野郎っ!!俺の女に何の用だ!!」
エリオットは……えーと、私の服を持ってる。それはいいです。
服を持ってきてとは言ったのは私。でも何でハロウィンのドレスを持ってきた。
そのニンジン色のドレスで、一般街道を歩いて帰れってか。どういう羞恥プレイ。
あと、一番上にむき出しの下着を乗せるのは勘弁して。せめて袋に入れるとかさあ。
というかこの男、ドレスと下着を両手に抱え、街道を爆走してきたんだろうか。
狂ったウサギは狂ったウサギでも、痛い方向に狂ったと皆に思われたら、どうしよ。
私はどこからツッコミを入れたものかと立ち尽くし、
「おまえ、馬鹿だろう」

ユリウスはツッコミを放棄したようだ。

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