続き→ トップへ 短編目次 長編2目次

■夕暮れの再会

「かなりスッキリしましたよね」
監獄の檻の中を見て、私は満足してうなずく。
もうあらかたの物は無くなった。
あとは転がった玉露の袋。これだけはどうしても無くならない。
でもまあ、玉露に関しては半ばあきらめているけど。
「問題は……あの砂時計か」
ジョーカーが後ろから声をかける。鞭を肩にかまえ、笑いながら言う。
「あれが欲しいの?」
「さあ、どうなんでしょう」
正座して、茶をずずーっと飲みながら言う。
そして私の手の中の『鍵』を見た。
ジョーカーは私の肩に手をかけ、顔をのぞきこむ。
「その鍵で監獄に入って満足するんだ?それくらい、投げやりになってるのかい?」
肩にかけられた手をはらい、隻眼の所長を睨みつける。
「止めて下さいよ、ジョーカー。気味悪すぎて、あなたには合わないですよ」
「あはは。嫌われちゃったなあ」
不気味に笑って、嘘つきのジョーカーは立ち上がる。
私はため息をついて目を閉じ、鍵を強く握りしめた。

…………

目を開ける。少しだけ意識が飛んでいたらしい。
「……ん……」
私の上では、エリオットが荒い息を吐きながら、ゆっくりと私の中から出ていった。
ドロリとした白い残滓が、草の上にこぼれるのが見え、目をそらす。
「ナノ、その……大丈夫か?」
「…………はい」
うなずいたつもりだったけど、涙をぬぐうのさえ、おっくうだった。
「寒いです」
「す、すまねえ……」
エリオットは急いで自分の上着を私の上にかけ、それから自分の服を整えた。
「ナノ、おまえも服を……」
と言って、言葉を切る。
わきに放られた私の服は……雨がふったわけでもないのに濡れていて、しわくちゃ。
オマケにあちこち破れている上、地面の土とか混ざってひどいことになってる。
無理に着ても、衛生的にも問題だし、どう見ても、襲われたようにしか……ていうか
襲われたみたいなものですか、ある意味。
私は貪られた身体を気だるく起こし、気まずくこちらを見るエリオットを見返す。
「その、すまねえ……時計野郎の名を聞いて……頭に血がのぼって……。
おまえにひどい真似をしたくなかったのに……」
「いえ私の方こそ、ごめんなさい」
上着で前を隠してうつむき、それだけポツリと呟く。
「服は、その、着られねえな。屋敷まで俺の上着を……」
「エリオット。お手数ですが、帽子屋屋敷から私の服を持ってきていただけませんか。
屋敷の人だろうと外の人だろうと、誰かに見られるのは……恥ずかしいですから」
「……分かった」
エリオットは耳を垂らし、了承してくれた。そしてなおも言葉を紡ぐ。
「悪かったよ、ナノ。本当に……」
「いいですよ。私が悪かったんですから」
私は手で制して呟く。エリオットの目は見ない。

…………

「いいか、すぐに戻る!!妙な気配があったら隠れろよ!でなきゃ撃て!
男だろうと女だろうと、俺以外の奴が来たら撃てよ!!」
「はあ……」
川辺に銃やら手榴弾やら、謎の武器やらを積んでエリオットはウサギのように走って
いった。私は適当に見送り、冷たい川の水に足をひたす。
「ううっ!」
冷たい。時間帯だって夕暮れだし。とはいえ身体を洗いたくて仕方ない。
我慢して、ゆっくりと川の浅瀬に入っていった。

――やっぱり、余計なことをするんじゃなかった。

エリオットの独占欲は並大抵じゃない。
だいたい、最初に関係を持たされたときだって、顔なしの人に手を出されかけたのが
きっかけだったんだし。その後も他の男性に関わるたびに、ろくなことがない。
――もう、ユリウスのことを考えるのはよそう……。
本人にも言われたけど、もし逆の立場だったとして。
エリオットが他の女に会いたがったら私だって、なけなしの独占欲を揺さぶられる。
恋愛感情はない?友達としておつきあいしたいだけ?何て白々しい!
――エリオットを傷つける私だって悪いんだし……。
そばに居さえすれば、危険はない。甘やかし、可愛がってくれる。
もう他の領土や友達のことは忘れよう。
どう考えても、余所者の自分に対抗手段はないんだから。
私は身体を洗いながら考える。目元がやたら濡れてるけど、気のせいだろう。
エリオットと対等になろうとした、なんてことは忘れて、屋敷の中でエリオットに
従い、彼だけを見ていよう。それで全ては上手く行く。
やっぱり、それが私の幸せであって……。
「ん?」
そのとき目の端に何か光るものが見えた。

「うわあ……」
自分の考えにひたっていて気づかなかった。
どうもこの川は、川底に鉱石が大量に沈んでいるらしい。
それが夕暮れの光を浴びて、色とりどりにキラキラと輝いていた。
――…………。
何だろう。胸がとても痛い。いつかこの光景を見た気がする。
でもどうしても思い出せない。それがなぜか寂しい。
「おみやげに持って行こうかな……」
価値があるか分からないけど、妙に惹かれた。
私は身体を洗うのを中止し、ノロノロと川の奥へ進んでいく。
「!?」
そのとき、ぬめる川石に足が滑りそうになった。
「っと!」
と、すぐに体勢を立て直したつもりだった……けど、片足が川底につかない。
――深場!?
体勢が崩れ、前のめりに水に突っ込む。そうだ。浅いように見える川でも、浅瀬から
離れると急に深くなる場所があったりするんだった。
透明度の高い川だし、ちゃんと足下を見ていれば安全だったんだろうけど、夕暮れで
視界がやや危ない上に、光り物に目を奪われてしまった。
「わっうわっ!!」
深場は思ったより広く、そして水深がある。
足をつこうにも、川底につかない。
――お、落ち着け!
大きな川じゃない。すぐ近くに浅瀬があるんだから、そこに泳いで戻れば……。
でもパニックになり、バシャバシャとみっともなく水をかく。
そのうちに水流が早い地点に入ったのか、ふいに身体が流されそうになった。
――エリオットっ!!
頭の上まで水に浸かり、私は必死に水をかいて――

「おいっ!!」
そして誰かに腕をつかまれ、ザバァッと水の中から引き上げられた。

「気をつけろっ!!溺れたいのかおまえは!!」
「ご、ごめんなさい……」
ゲホゲホッと鼻と口から水を出し、謝った。
全身から水滴をポタポタ落とし、助かった安堵感で泣きそうになる。
そして、顔を上げ、ぎこちなく微笑んだ。
「どうもありがとうございました、エリオット」
「…………」
返事がない。私は目をこすり、パチパチさせ、命の恩人をよく見た。
彼は重そうな服を着たまま、腰まで川につかっている。
今は気まずそうに私の裸体から目をそらしていた。


ユリウス=モンレーだった。

5/5
続き→
トップへ 短編目次 長編2目次


- ナノ -