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■ハートの城のお茶会

「じゃあね、ナノ!」
「頑張ってね、ナノ」
「二人も。また遊びに来て下さいね」
そして双子は手を振って去って行く。
あれ?でもどこから出るんだろう。窓は補修したし。
そう思っていると、双子は頑丈な鍵のついた扉に、斧を振り上げ……

『せーのっ!!』

あ。

扉が豪快に吹っ飛んだ。

…………

「うーむ……」
そして今度こそ双子が手を振って去って行って。私は扉の前で呆然と立ち尽くす。
後ろには、釘をガンガン打ちつけただけの、すきま風あふれる窓。
床には菓子クズだのガラス片だの、かつて窓枠だった鉄くずだのが散乱し、ろくに
掃除もされていない。そして目の前に、斧で完膚無きまでに破壊された扉。
「……とりあえず、逃げますか」
私はとっとと扉を踏み越え、そろーっと部屋を出て行こうとしたとき。
肩に置かれる重い手。

「どこに逃げるって?」

エリオットに捕まりました♪

……はあ。

…………

…………

「まあゴタゴタすることは目に見えていた」
バラの庭園にて、ビバルディは優雅に紅茶を飲む。
「だから言ったであろうが。『嫌がる女を無理に連れ戻し、狂ったウサギにあてがった
ところで、しょせんは一時しのぎ。遠からず事態は破局する』と」
「慧眼、恐れ入りました」
トレイを持つ私は、脇に控え、かしこまる。
あれからエリオットが私に『お仕置き』をして、それから使用人たちに修繕を命じて。
それまでの時間つぶしと領土交渉のため、私たち二人はハートの城に来ていた。
お決まりの交渉も終わり、私はビバルディに紅茶を淹れている。
離れたところに立つエリオットは、聞こえているのかいないのか、不機嫌な顔だ。
まあ『破局』というほどひどくはないけど、ゴタゴタしている点は当たっている。
そこらへんはさすが、男女のことに長けた女王陛下だ。
そしてビバルディは細い指でちょいちょいと私を招き、私の耳元に顔を近づける。
息を吹きかけられやしないかと、警戒しつつ耳をすますと、甘い声がささやく。
「今からでもわらわの城に来る気はあるか?」
私はビバルディから顔を離し、きっぱりと首を振る。
「いえ、私は帽子屋屋敷にいますよ」
どこかに逃げ込んでもエリオットが暴走して、戻らざるを得なくなるオチだし。
被害が最小になる範囲で、上手く立ち回るのが得策だと気づいたナノさんでした。
「ええ!ナノ!そんな、とんでもない!!」
と、同じく近くにいたペーター=ホワイトが叫ぶ。
「おまえのような愚かな女が自分で何とかする気ですか?失敗するに決まっている!
本意ではありませんが、僕が頭の弱い余所者のために働いてあげましょう!!」
と時計を銃に変える。すると別のウサギの気配も、サッと怒気をはらむ。
「白ウサギ!黙って聞いてりゃ、俺の女を愚かだの頭が弱いだの!!」
えーと。エリオットも普段から私を××扱いしてませんかー?
自分だって数字に弱いくせにさー。
とツッコミを入れたかったけど、何かもう壮絶な銃撃戦が始まったので、遠い目を
しておくことにした。

白ウサギと三月ウサギがお庭をバリバリ荒らして、バンバンと撃ち合う。
そして例によって、顔を青ざめさせながらも盾になって女王陛下を守る兵士さん達。
ビバルディは涼しい顔で、紅茶を飲み終える。
「ほんに男どもと来たら……ナノ、本当にあんな短気なウサギがいいのか?」
「はあ。何て言うかもう、選ぶ余地がない感じですし」
ビバルディは哀れむように微笑んだ。
「可哀相な子だね。そうだ。ウサギもうるさいし、わらわの部屋に遊びにおいで。
おまえのための玩具も用意してある。しとねの上でたっぷりと慰めてあげよう」
うーん、確かに流れ弾が怖いし、盾になってくれてる兵士さんたち気の毒だし、
ビバルディの部屋に遊びに行くのもいいかな。
でも『しとね』って何だっけか。あとビバルディ、手をさわさわと触らないで。

「ふうん。帽子屋屋敷にずっと閉じ込められて、それでいいんだ、君は」

ウサギ同士の銃声をBGMに、横から余計な声がした。
またどうでもいいタイミングで現れる騎士、エースだ。
「エース。わらわはこの子と部屋に行くのだ。邪魔をするでない」
不機嫌になるビバルディ。エースは爽やかに笑う。
「いやいや。片思いの子が禁断の世界に行くのを、黙って見送る男はいませんよ」
はて禁断の世界?ビバルディと部屋でオモチャを使って遊ぶだけなのに?
「しばらくはエリオットをなだめるしか、ないんじゃないですか?」
私は言う。脅されたこともあり、最近は長期戦に頭がシフトしつつあった。
永久に閉じ込められているつもりはない。けど現状を考えれば、しばらくは耐えて
短気なウサギさんをなだめる。そして徐々に自由度を高めていくのが得策な気が。
エリオットだって私がいる限りは甘やかしてくれるから、それが私の幸せで――

「それなら、エイプリル・シーズンが終わるまでユリウスに会えないな」

「――っ!!」

瞬間に世界が色を取り戻す。
灰色の風景は赤の薔薇園に。空はより深く、エースの赤はより鮮やかな血の色に。
――わ、私は何を考えていたんですか!
閉じ込められ、ペット扱いされるのが幸せだと一瞬でも勘違いしなかっただろうか。

「おや。正気に戻ったようじゃの」
ビバルディが笑う声がどこからか聞こえた。

でも、この世界に正気なんてあるんだろうか。

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