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■店を改装した話4

そしてまあ、帽子屋屋敷では、いつもの展開だった。
「何度も言っているだろう。屋敷に滞在し、二度と住まいを移さないと誓約すれば
店など領土内でいくらでもさせてやると」
「それは本当のお店屋さんごっこですよ。お金もお客も用意されたものでしょう」
ブラッドはソファに座る私の頬に、腰に、遠慮無く手を這わせながら笑う。
「私はそこまで親切ではないさ。君が実力を最大限に発揮する場を作るのは私で
ありたいと思っているだけだ。君はもっと自分の腕に自信を持ちなさい」
「それなら、まず情婦みたいに扱うのを止めてください」
そう言うと、腰のあたりに触れていた手が、早くも胸にのびる。
「止めて……触らないでください……!」
低い声が出る。
もうグレイには借金が出来ない。
屋敷から戻った後どうすればいいのか、それだけで頭がいっぱいだ。
その状況を作ったブラッドには怒りしかわかない。
けれどブラッドは私への抗議には苦笑しただけで、さらに露骨に触れてくる。
胸の形を確かめるように触れ、意図を持って一点を弄り出す。
「ブラッド……本当に止めて……」
ブラッドの手をつかんで離そうとするけれど、止めてくれない。
「少しやせたな。終わったら晩餐にしよう。たくさん食べるといい」
「食費を削った張本人が……ブラッド、本当に……!」
上着の裾からブラッドの手が入り、胸に直に触れる。
「ひどいことを続けるなら、ハートの城に行きます……」
「騎士の本拠にか?白ウサギも大人しいが、いつ本性を見せるか。
それに、マフィアはどの領土にもいる。一般人にまぎれて分からないだけだ」
「……っ」
例え領土を移しても状況が改善する見込みは少ない。そう言いたいのだろう。
現に、今身を置いているのもクローバーの塔近くだ。
そして、ある人を待つ、という事情のため、特定の領土に身を置くつもりはない。
ブラッドも十分すぎるほどそれを分かっているようだ。
「君はこの世界では一人で生きられない。そして私にひざまずけば、最高の贅沢を
約束しよう。もう苦労して店などやらず、したいときだけ働けばいい」
「嫌です……だって私……」
長い藍の髪が目の前をちらつく。
あの塔があったら……あの人がいてくれたら、こんな目には……。
「私がしているのは不確定な未来でも美化された過去でも無い。『今』だ」
「っ!」
突然ソファから引き倒され、背中をしたたかにぶつける。
起き上がろうとすると、その前にブラッドに頭をつかまれた。そのまま彼の前に、
強引にひざまずかされる。
「ブラッド……何を……」
「晩餐にはまだ間があるが、君を空腹のまま留めるにはしのびない。
代わりにこれでも×××っていてくれ」
「…………」
目の前に突き出されたものに言葉を失う。直視したくないのに、私の頭を強くつかむ
ブラッドがそれを許さない。
「ああ、もちろん噛みつくものではない。君を愛しているが、前歯を何本か抜かせる
ことになってしまうかもしれないな。まあ時間が経てば戻るから問題はないだろう」
視界がぼやけ、何かがぽたぽたと、やわらかな絨毯に染みこんでいく。
ブラッドは楽しそうだ。本当に。心の底から。
「あなたなんて……大嫌い……です……」
全ての憎悪を言葉に込め、ブラッドを睨む。
けれどマフィアのボスは、
「ナノ。君のその表情は、男を誘っているようにしか見えないな」
そう言うなり、私の頭をつかみ、強引に咥えさせた。

…………
「じゃあな、ナノ。ちゃんと食えよ」
エリオットが扉を閉め、やっと私は一人になる。
やっと、やっと店に戻ってこられた。

帽子屋屋敷の待遇は申し分無かった。
奉仕の代償としての晩餐は超一流。でもほとんど食べられなかった。
その後も変わらない。
ブラッドはそれに苛立ったのだろうか。
滞在中は辛く当たられることが多かった。
でも私だって傷を増やしたいわけじゃない。
ブラッドの命令を聞くことに専念した。愛想よくしようとした。
でもそうすればそうするほど、ブラッドは逆に苛立ち、さらに辛く当たる。
奉仕をしても、辛いプレイに応じても、懇願しても許してもらえない。
傷がつかない程度に痛いことをされ、散々、肺腑をえぐる言葉を投げつけられた。
私はもう、どうすればいいのか分からなかった。

あのままいたら、冗談抜きでどこかおかしくなっていたかもしれない。
でも幸いと言って良いのかどうか、抗争が勃発した。
エリオットの説得もあって、私は店に返してもらえた。
滞在中、楽しいことは何も無かった。多分、一度も笑わなかった。

「……よし!」
私は気合いを入れ、立ち上がる。
「怪我も無く帰れたし、店は壊されずに済んだし、ブラッドもしばらく大人しい
でしょうし、万々歳じゃないですか!」
にっこり笑って、えいえいおー、と拳を宙に突き出す。
「解放祝いに何か食べますか」
私はスキップして厨房に向かった。

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