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■エリオットの部屋で

「うーむ。順調ですね」
エリオットの部屋。そこで私は座布団に正座し、縫い物をしている。

窓には美しい秋の庭。聞こえるのは、楽しそうに飾り付けをするみんなの声。
楽しそうだなあ。でも私は部屋で一人、チクチクと縫う。
一生懸命、エリオットの衣装を縫う。
ハロウィンのコスチュームです。エリオットの物を縫いたいのです!
え?私のお裁縫スキル?えーと、多分、あるのかなあ。あるといいなあ。
う、うん。異世界に来て長いんだし、いい加減、今度こそ、本当に、本気で、絶対に
潜在能力が目覚めてる頃でしょう!目覚めよ、裁縫能力!
そのときガチャガチャっと音がした。
「?」
そしてバタンと扉が開き、エリオットが入ってくる。
「ナノ、帰ったぜ!!」
「おかえりなさい、エリオット」
入ってきた三月ウサギは部屋にいる私に嬉しそうに笑う。
そして私が縫っているものを見て、優しく目を細めた。
「お?雑巾を縫ってるのか?偉いぞ、ナノ!
でも、そんなのは使用人に任せとけよ」
「……そうですね」
ぐっちゃぐちゃの『雑巾』をもったいないと思いつつクズかごに放り込み、私は
裁縫箱をしまった。
「ナノ……」
そして正座する私の後ろからエリオットが抱きしめてくる……デカいデカい。
私が腕の中にすっぽり入ってしまう。
「おかえりなさい、エリオット。ご無事で何よりでした」
肩ごしに微笑むと、待っていたようにエリオットがキスをしてくれる。
「ん……」
――静かですねえ……。
外の賑やかな声が遠い。

そしてちょっと後。私は正座、エリオットは床にあぐらをかいて座っている。
彼は私が淹れた紅茶片手に、武勇伝をきめ細かく語って下さった。
「あのとき、敵に囲まれたときは、ちょっとヤバかったけどな。
だが!ブラッドの番犬がそう簡単に倒れるわけがねえ!」
「ふむふむ」
「バババ、と敵が撃ってきた瞬間に、俺はズドーンとやって!」
「ほうほう」
「敵がうわーっと崩れた瞬間に、ダダダーッと部下どもが援護に来て!!
で、俺はズダダだと敵を一掃!!カッコ良く切り抜けたわけだ!!」
「おおー」
私は湯呑みをお盆に置き、パチパチパチ。
ときに情景描写という言葉をご存じですかエリオット。
まあ私の拍手に満足そうだから、別にいいのかな。
まあ、よく分からないけど、大ピンチを自力で突破して傷一つなく帰ったらしい。
「ブラッドにも褒められたし!最高の気分だぜ!」
「すごいすごい」
「だよなだよな!」
重い重い。私を抱きしめつつ体重をかけないでいただきたい。
と、腕の中から脱出しようとジリジリ動いていると、
「……あ、足が……」
うう、足がしびれた!!ずっと正座してたから!!
正座したまま、くたりと前のめりになると、
「ん?足がしびれたか?こういうのは、もむと治るんだよ!」
私の苦悶の顔を見たエリオットが、自信たっぷりに笑う。
瞬間に私は青ざめた。
「え?ちょっと待って下さい!それ全然違うから!待っ……」
けどエリオットは、最高にしびれた私の足をマッサージすべく、手を……。

……そして凄まじい悲鳴がエリオットの部屋に響いたのであった。

…………

一時間帯後。
「わ、悪かった!悪かったって。だって、おまえみたいに正座してずっと動かない
なんて俺には無理だし、知らなかったんだよ!ナノ!」
「もう本当に勘弁してくださいよ……」
エリオットをさんざん罵倒し、なだめられた私であった。
私にさんざんポカポカされた三月ウサギは、私の頭を撫でる。
「分かった。悪かったって。気をつける、気をつける」
怒られた割に、その表情は満足感にあふれていた。
エリオットは私の上から起き上がり、鼻歌まじりの上機嫌で自分の衣服を整える。

――うん、私を『なだめる』作業が楽しかったんですものね……。

ちなみに『なだめられた』私。今は服を胸の上までたくし上げられ、下の服は全て
膝まで下ろされた状態で、力なく床に横たわっています。
汚らわしい体液で汚された座布団は……後ほど自分で洗うしかないだろうなあ……。

…………

半時間帯後。
「ほら、ずっと部屋で座ってるだけだから、体力が落ちるんだよ」
「い、いたたたたっ……」
シャワーから出た私ですが、今は床に座り、両足を左右に伸ばして前傾。
その私の背中を、上からエリオットが押す。
ううう、全然曲がらない、あと痛い。畑仕事時代の体力よ、もう一度!
下でうめく私に、エリオットは頬をかき、
「一度ついた筋肉が衰える方が硬くなるんだよな。
そうだ、今度、部下の強化トレーニングに参加してみるか?」
……マフィアとトレーニング。一般人に薦めるなや。
顔に出たのか、エリオットが私の頭をコツンと叩く。
「分かった分かった、嫌そうな顔するなよ、ワガママな奴だなあ」
そんな理不尽な!

私は柔軟体操をあきらめ、正座せず普通に座った。
「なら動きますよ。お屋敷の中で皆とハロウィンの飾り付けをやったり、ブラッドの
部屋に本を借りにいったり、ディーやダムと敷地内を遊んだり……」
そう考えると、何か楽しそうだ。部屋を出たくて仕方なくなる。
エリオットの部屋は居心地がいいけど、日がな一人でこもるのは息がつまる。
「ハートのお城にも行きたいですね。女王陛下に紅茶をお淹れしたいですし」
するとエリオットも私の横に座り、肩を抱き寄せる。
「そうだな。領土交渉があるから、なら今から、一緒に行くか?」
「ええ!本当ですか!?」
エリオットと一緒なら心強い。失礼な話、お城はいろいろ危険なので。
「久しぶりの外出ですね!」
「ああ!帰りはどこかで美味いものを食おうぜ!」
「やったあ!……オレンジ色以外の店を所望したいのですが」
二人でニコニコ笑い合っていると、ノックの音がした。

すると笑顔だったエリオットが一転、怖い顔になる。
「何だ?」
「エリオット様〜、ボスがお呼びです〜」
使用人さんは、エリオットのドスのきいた声にも普通に応じる。
エリオットもボスの名を聞くとハッと表情を変え、
「ブラッドが?分かった、すぐ行く!」
私の肩から手を離し、バッと立ち上がる。そして私を振り向き、
「悪いな、ナノ。急用だ。ハートの城は、話が終わってから行くからな」
と、身をかがめて私に軽くキス。そしてショールを翻し、扉へ走る。
私も慌てて立ち上がり、後を追う。
「待って下さいよ。私も行きます。屋敷内を歩きたいし、ブラッドに本も借り……」

「部屋にいろ」

低い声。そして目の前で扉が閉まる。

鍵のかかる音。

無情に遠ざかる足音。

「…………」
無駄と知りつつガチャガチャとドアノブを回し、誰か外から開けてくれないかと、
トントンと扉を叩く。でも何の音もしない。
たまに誰かが外を通る気配がある。けど私がいくら『あの、すみません、ちょっと
いいですか?』と、呼びかけても誰も立ち止まらない。
いや、むしろ足音を早めて遠ざかっていく。


あれからエリオットの部屋を出してもらえない。

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