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■時計屋の冷淡

エリオットは宙をあおいでしばし考え、
「……それなら、おまえ、まず敬語を止めたらどうだ?」
「それは置いといて」
「いや置いとくなよ。そこらへん重要な要素だろ」
「人のアイデンティティに首つっこまないで下さい」
「アイデンティティだったのか!?ペーター=ホワイトかよ、おまえは!」
ツッコミうるさいですよ。
「それで『私はこれから好き勝手やります、あなたは文句を言わず、黙って帰りを
待ってて下さい』ってワケか?調子のいい話だぜ」
エリオットも私の横で起き上がり、煙草にまた火をつける。
「決して調子がいい話とは思いませんよ。友達と会うのも制限するような、心の狭い
2さんの女になった覚えがないだけです」
「……可愛くねえ物言いも、するようになりやがって」
煙草の煙をふーっと吐き出し、独り言のように言う。
「甘やかさない方が良かったのか……」
その言葉に不安を覚える。
いつかの白い部屋の悪夢が胸をかすめた。
私の意思を奪い、彼だけの人形にするという願望を、今も持っているのだろうか。
「私だって嫌な部分はありますよ。
あなたは、それを出すのを許してくれたと思っていたのに……」
さすがにちょっと傷ついて言う。
そしてエリオットはまた煙草をもみ消す。
「許すさ。許さないわけがねえ。俺をからかうおまえも、悪戯をしかけるおまえも、
生意気な事を言うおまえも、必死に俺に対向しようとするおまえも……全部好きだ」
そして私を抱きしめた。下着の中に手がしのび、気だるい愛撫が始まる。
私は、安堵でじわりと涙が出そうになった。
「な、なら、もう自由にしてもいいですよね。他の領土のとこに珈琲や紅茶を淹れに
いったり、自由に友達に会いに行ったりしても……」
私は声を上気させ、エリオットに言った。
でも、エリオットは私にキスをしながら、

「ダメだ」

…………

「『ダメだ』とは言われましたけど、決して全否定じゃないんです」
番茶をずずーっとすすって言う。
「遊園地とか『比較的』普通にやってる領土なら、別にいいと許可が出ました。
まあ時間帯制限とかはしたいみたいですが」
湯呑みから顔を上げる。

「ですが時計塔の『時計屋』ユリウス=モンレー。
あなたに会うことだけは、何があろうと許可しない、とのことです」

「……なら、会わなければいいだろう」
時計修理から顔を上げ、うんざりしたようにユリウスは言った。

…………

あの後、エリオットとまた愛し合って、休憩してエリオットが仕事に行って。
私はハートの城に行くと言って帽子屋屋敷を出て。
……再びユリウスのところに来ていた。
で、エリオットに言われたことを言ったら、アッサリと上記の返答が来た。

「まあ、それはそうなんですけどね」
床に敷いた座布団に正座し、茶をすする。
ユリウスは私の淹れた珈琲を飲みながらも冷淡に、
「私のことがなくても、マフィアの女になるという時点で、行動に制約が出来て
当たり前だ。言っておくが私は三月ウサギの女に会いに来られるのは、心底から迷惑
だし、おまえの浮気相手と、塔の連中や顔なしどもにウワサされるのも我慢ならん」
相変わらず歯に衣着せぬ物言いだなー。まあ知り合って間も無いですし。
「そんなに凶悪なんですか、あなたとエリオットは」
するとユリウスは憎悪を声ににじませ、
「奴は大罪を犯し、脱獄して居直っている、最も愚かしい罪人だ。
なのに奴は、投獄した私に、勝手に逆恨みしている。本当に×××××……」
口汚い言葉が時計屋の口から出る。
「でも、私とあなたは無関係ですよね」
ユリウスは何か言いたそうな顔でしばし宙をあおぎ、
「……無関係なんだから、あえて会う必要はないだろう」
かなり困った顔だった。
誰か来てくれないかなー的に、扉をチラチラ見ている。
そして私はユリウスを見つめ、真剣な顔で言う。

「私はあなたとお友達になりたいのですが。また会いに来ていいでしょうか」

また長い沈黙があった。
「……それこそ、男女の密会だろう。おまえこそどうなんだ?三月ウサギが、友人だ
肉体関係はないんだと言いワケして、頻繁にどこかの女に会いに行っていたら」
「それは確かに耳を引きちぎりたくなりますね」
さすがユリウスだ。頭がいいなあ。
ユリウスは呆れたように眼鏡を取り、目の周りをマッサージして言う。
「……男とはそういうものだ。ましておまえは余所者だから、三月ウサギの執着も
それだけ強いだろう。奴と良好にやりたいなら、あまり刺激をしないことだ」
そしてまた眼鏡をかけ、ドライバーを取る。
部屋にはカチコチと落ちつく時計の音。
窓の外は雪でも、ここは暖かい。
そして時計屋のユリウス。
いつでも好きなときにこの部屋に来られたら、どんなに幸せだろう。

「私はここに来ない方がいいのですか?」
首をかしげ、本当は心優しい時計屋に聞く。

「おまえに会いたいと思ったことは一度もない」
知り合ったばかりの時計屋は、私を見ない。

「もう二度とここに来るな。迷惑だ」

時計屋は決して私を見ない。関心を持たない。

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